令和六年三月場所の圧倒的な奇跡

 令和六年の三月場所は新入幕の尊富士が十三勝二敗で優勝するという、まさしく奇跡が起きた。初土俵から十場所で優勝ですが、まぁ、それよりも新入幕で優勝するとは。ちょっとその辺の私感を書いていきます。

 僕が場所が始まるにあたって、この場所における注目点は霧島、豊昇龍、琴ノ若がどんな成績になるか、そして、照ノ富士と貴景勝はどうなるのか、と思っていた。霧島、豊昇龍、琴ノ若はプラスな見方でしたが、ややマイナスなことを考えていたわけです。照ノ富士の体調はどうなのか、貴景勝は角番だけど自分の相撲が取れるのか、とにかくそんなことを考えていた。場所が始まってみると照ノ富士はうまくいかず、貴景勝はなんとか、というところ。そして、霧島はどこか痛めているかして崩れていき、となって、まさに「荒れる春場所」になってきた。

 そんな感じで展開したので、尊富士が勝っていっても、最初はあまり注目しなかった。注目しても、新入幕で、初日から右脇腹にテーピングしていて、この力士はどうなるのだろうと勝手に不安になっていた。それが勝ち続けて、中日に勝ち越ししたあたりで、これはここのところ頻発するパターンの一つか、と理解した。新入幕力士が活躍して、しかし役力士と当てられて優勝できないパターンか、と。と言ってもこれは間違いだったわけですが。

 新大関の琴ノ若に勝って初日からの十一連勝として大鵬の記録に並んで、その次で一つ、豊昇龍で落とすのですが、この時点で優勝がありうるのではという空気が濃密になったのは見ていてはっきり感じた。もうこれ以上、壁になれる力士がいそうにない、という感じでした。ここで変なドラマになってしまうのは、十四日目に朝乃山に負けた時に右足首を痛めたことで、突然、千秋楽に相撲が取れるか取れないかという難題が出来した。もし休場すると幕内二場所目の大の里にも優勝の可能性が出て、これはこれですごいけど、日本中がヒヤヒヤしながら千秋楽を迎え、尊富士は出場する、となるわけで、今度は相撲が取れる状態なのか、日本中が心配したと思う。

 僕はやっぱり悲観してました。ここで尊富士の自力優勝よりも、豊昇龍が大の里に勝つことで尊富士が優勝する展開を願ってしまったのは、我ながら不思議だった。十四日目の相撲が終わる前までは豊昇龍の優勝を願ってもいたのですが。

 ともかく千秋楽、尊富士は豪ノ山と組まれて、この人の立ち合いからの一発の出足、馬力を尊富士はどうするのか、と思ったら、張り差しで左四つに組み止めて、右で上手を引いて寄っていく。この右で上手を引いた瞬間、僕は勝手に、これはいけるかもしれない、と思ったものでしたが、この上手はすぐ切れて冷や汗だった。結局、右をおっつけ、ハズ押しに変えて尊富士が勝つわけで、この瞬間は安堵したし、何か糸が切れて、こちらが泣きそうになってしまった。感動的な場面でしたね。

 そんな感じでこの場所は尊富士が三賞を独占し、もう何の文句もない。大の里も活躍しましたが、尊富士のドラマの前には霞んでしまいましたね。ただ、大の里は間違いなく強い。今年中に三役には間違いなく上がるし、何事もなければ来年はもう一つ上に上がるかもしれない。この人は恐ろしい素質がある。

 さて、大関はどうだったのかとなれば、霧島は大崩れして、残念だった。どこかが悪かったのでしょう。新大関の琴ノ若はまずまずの星でした。

 僕がこの場所でとにかく言及したいのは、豊昇龍です。徐々に周りが対応してきて、豊昇龍も工夫が必要になってきたのでは。まず右を差させてもらえなくなった。もっと言うと、豊昇龍が右から攻めてくることが素人でもわかるほどの周知の事実なので、豊昇龍はこの場所、右からの小手投げでいくつか星を拾いましたが、とにかくこれからもっともっと難しくなるのは自明です。それにしても、十四日目の琴ノ若との大関同士の一番は、かなり難しかったな。豊昇龍は優勝の可能性があったからか、立ち合いから右上手を引きに行きましたが、これは琴ノ若の頭にあったんじゃないかなぁ。仮にもう少しいい位置で上手を引いてすぐに投げを打てば琴ノ若も対応できなかったかもしれないけど、ちょっと上手が深過ぎた。そこに琴ノ若が対応する余地が生まれたように見えた。あの豊昇龍の右上手からの攻めへの、琴ノ若の対応は完璧だったな。豊昇龍が上手を求める安易と言っても良い相撲ではないものを選べればと思わなくもないけど、これも相撲でしょう。まだ次の場所もある。と言っても、あと一年、六場所くらいで進歩、進化してくれることを願ってます。あまり時間はありません。なんとか右に頼らない形か、右からの技を高めてもらうか、とにかく、今のままでは厳しい気もします。僕の願望をはっきり言葉にすれば、一つしかありません。「横綱になってくれ!」これだけです。

 それにしても、どんどん新しい人が台頭してきて、僕が知っている世代より二世代若いような気さえする。僕の知っている世代は玉鷲とか妙義龍ですね。あぁ、時間が流れてるな……。

 来場所は誰が勝つかな、と想像すると、大の里が筆頭です。尊富士に期待したい気もしますが、右足首を万全にして欲しいかな。あとはこっそり若元春にも期待してます。みんな頑張れ。

 何はさておき、この場所の尊富士は神がかっていた。奇跡だったな。目が眩むほどの奇跡だった。

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相撲談義 和泉茉樹 @idumimaki

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