令和五年五月場所の背筋が冷える潰し合い

 令和五年の五月場所は、横綱の照ノ富士が十四勝一敗で復活優勝しました。これは本当に僕の悪いところですが、照ノ富士が相撲を取れるのか、だいぶ悲観してました。もう無理なのでは、と勝手に思ってましたが、悲観しすぎでしたね。横綱は強かった。まずはその辺りに触れましょう。

 照ノ富士は今場所、右四つ左上手にこだわらずに、どちらかというと引っ張り込んでから極めていくような相撲が目立ちました。これは前からあった「型」でしたが、この型は照ノ富士以外には形にならない、体型の活きた型ですね。懐が深いのと、上体の力がかなり強いのでは。この「かんぬき」が、やや食らう方の力士が危険ではあるけど、横綱の最大の武器なのは間違いない。膝がだいぶ悪いようですが、今場所は膝を酷使することなく、十五日間を通せたのも、準備万端だった、ということでしょう。おみそれしました。

 さて、この場所では大関に関する二つの注目点がありました。一つは貴景勝のカド番、そしてもう一つは霧馬山の大関取りです。

 貴景勝は最初から膝にテーピングしていて、だいぶ悪そうでしたが、そこはさすがに意地を見せました。ただ、万全とは程遠くて、心配ではある。どんなふうにこれから膝を治していくんだろうか。

 霧馬山はここ二場所を十一勝、十二勝と来ていて、数の上では今場所は十番の星で昇進確実でした。霧馬山こそ、序盤は本来の相撲ではありませんでしたが、これが面白いところで星が伸びた。相撲というのは不思議なもので、強い人が勝つ、としても、力であったり、技であったりが強い時もあれば、運が強い、という場合もある。とにかく、霧馬山は今場所は全てが揃っているようだった。

 さて、ここからがこの場所の最大の面白さというか、見ているだけでも背筋が冷えた場面についてです。それは、関脇の潰し合い、です。

 今場所、もっとも強い光を放ったのは、若元春ですね、僕の中では。初日の相撲を見た時、えげつない勝ち方をするな、と思いましたが、とにかく、強くなった。前にも触れましたが、もう誰も「家賃が高い」とか言いませんし、言えません。そしてもう一人、豊昇龍も強くなった。途中で太ももを痛めたようで心配しましたが、大丈夫でした。この場所においては、霧馬山、若元春、豊昇龍が拮抗して、大栄翔もいる、となって、とにかく、どちらも勝って欲しい土俵の連続でした。

 この場所、平幕で幕内二場所目の北青鵬が星を伸ばした関係で、終盤、関脇との割が組まれました。で、霧馬山、豊昇龍、若元春がそれぞれ北青鵬に黒星をつけていくんですが、なんというか、三人がそれぞれに個性のある勝ち方をして、それが興味深かった。豊昇龍は投げ倒し、霧馬山は外掛け、若元春はうっちゃり、という、なんか、北青鵬からしたらたまったものじゃなかっただろうなぁ。

 というわけで、来場所は一横綱二大関ですが、関脇はおそらく琴ノ若が上がって四人でやって欲しい。そして、若元春、豊昇龍の大関取りの場所になるのでは、と思います。どちらもかなりの星が求められますが、決して不可能ではない。知識としては横綱や大関に同時昇進した力士がいるのは知ってますが、まさか自分がそんなことが起こりそうな時代に相撲を見ることになるとは、想像もしてませんでした。夢があるなぁ。

 話を少し戻して、この場所では十両がかなり熾烈で、豪ノ山と落合が十四勝一敗で決定戦になり、豪ノ山が勝ちました。あまり把握してませんが、落合はあるいは来場所、幕内に上がれるかも。恐ろしいほどの才能ですが、肩にテーピングをしていて、どんな状態なのか。全てが整ったら、誰も手がつけられないかも。というか、気づいたら十両に面白い力士が増えていて、新時代が来ているな、としみじみと感じます。

 もう少し話を戻すと、幕内では平戸海という関取がなかなか面白そう。注目してます。三役くらいにはいずれ、上がってくるでしょう。

 さて、ちょっと寂しい話ですが、栃ノ心が引退しました。怪我の多い力士でしたが、大関に上がりましたし、相手を捕まえた時の力強さは際立ったものがあった。引退後は協会に残らないのは意外でしたが、日本国籍を取得していないあたりに、信念があったように感じました。引退が近いから日本国籍を取ろう、なんて思っているようでは、何かが違うような気がしたので。最後の最後まで現役にこだわったんじゃないかな、と勝手に僕は解釈してます。

 霧馬山は師匠の四股名である「霧島」を継承しました。これはまだまだ妄想と言われても反論できませんが、仮に琴ノ若が大関に昇進して「琴櫻」の四股名が復活したら、なんか、ユニークな時代になりますね。これも、貴乃花、若乃花の時代をよく知らない僕からすれば、想像の中にしかなかった時代を体験できるわけで、夢といえば夢です。なんというか、こうなると夢が現実になることってあるんだな、と思わずにはいられません。

 来場所も大関取りが最大の注目点になりそうです。新大関の霧馬山改め霧島の土俵も気になる。来年が横綱昇進争いの一年になる、なんて言っちゃうと言い過ぎかもしれませんが、今年の残り三場所は、間違いなく大関争いでしょうから、どれだけ残酷でも、熾烈な争いを期待するしかない。

 このある種の地獄を抜けていくのは、さて、誰かな?

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