令和五年一月場所のダイナミックな悲喜劇

 令和五年の一月場所は、大関の貴景勝が十二勝三敗で優勝しました。あやうくこの場所も平幕優勝になりそうだったので、なんとか、番付、地位の誇りを示したかな、と思う、かな……。その辺りの「微妙さ」を書いていきましょう。

 まず、この場所は一横綱、一大関、四関脇、四小結という、理解しづらいような、あるいはお馴染みのような、そんな番付でした。そして横綱の照ノ富士は全休。

 今場所の終盤における「割」の微妙さは、僕にとってはだいぶ苦いものがあった。大相撲では終盤に上位が当てられます。この場所でいえば、本来なら千秋楽の結びは照ノ富士と貴景勝になるわけです。しかし照ノ富士がいないので、番付上では貴景勝と若隆景になるはずだった。それが結局、千秋楽の結びは貴景勝と、同じ星の平幕の琴勝峰になってしまった。ここが判断の難しいところですが、貴景勝と豊昇龍の割は組まれたわけです。豊昇龍は中盤で怪我をしたので、誰が見ても全力は出せないのですが、割を組む時に豊昇龍と貴景勝の対戦を外す、というのは、おそらくできない。もし仮に、十三日目や十四日目に貴景勝と若隆景の割を作ってしまうと、それはもはや、これから割を崩します、と宣言しているのと同じです。もっとも、貴景勝と平幕の阿武咲を当てることで、大関対関脇の割、本来の割が一つ崩れてはいたのですが、この辺りの曖昧な判断が、まさに番付の重さなんでしょう。

 僕の願望としては、この場所の結びは貴景勝と若隆景が良かった。それでもし琴勝峰が勝って貴景勝が負ければそれまでだし、二人共が勝つなり負けるなりしたら、決定戦をやれば良い。そう思います。同じ星とはいえ、平幕を当てられる大関もあまり気分が良くないのでは。まぁ、勝負師はそんなことは考えずに勝ちに徹するようにも思えますが。

 とにかくここ数場所というか、一年くらい、僕は番付の意味や地位の意味にだいぶ疑念を抱くようになった。割が不自然になりすぎるのがその理由です。さすがに横綱三人、大関四人とかなら、上位の割を崩すのも仕方ないですが、今の番付では、うーん……。それを言ったら、三役が大渋滞するのも不自然ではあるのですけど、こればっかりは……。首を捻るばかりで、いい提案はできないですねぇ……。

 ともかく、貴景勝は立派だった。阿武咲に勝った一番が、値千金の白星でしたね。あそこで負けてたら、何がどうなったことやら。来場所はおそらく確実な綱取りになるので、なんとか、頑張って欲しい。インタビューで話していた、「重圧を感謝に変えて」という表現には心打たれました。

 この場所はなかなか激しい悲喜劇があった。高安が途中休場したこと、阿武咲が終盤の失速で優勝を逃す、というあたりが悲劇ですが、僕としては豊昇龍の左足首の怪我には、だいぶ冷や汗をかいた。六勝四敗くらいの時に怪我をして、三役の地位に残るにはあと一つは白星が欲しい、と僕は即座に計算しましたが、さて、本人はどうだったか。一つ勝ったものの、七勝七敗で千秋楽になり、僕はもう、怪我が悪化しないことを願うばかりでした。その千秋楽が阿武咲との割で、僕はただただ息を詰めるしかない。勝負は阿武咲の引きで豊昇龍が落ちた、という形になりましたが、まさかの阿武咲が髷を掴んだとして反則負けになり、それにより豊昇龍は八勝七敗になった。これには、ちょっと言葉が出なかった。

 僕は無神論者ですが、相撲の神様、は信じてます。表現を変えると、相撲のシナリオライター、です。力士のストーリーや場所のストーリーを考える存在です。豊昇龍が怪我をしたこと、際どく勝ち越すことも、豊昇龍の天運で、それを描き出したのが、相撲の神様です。阿武咲の手から優勝を奪っていったのも、相撲の神様。そう思わずにはいられないほど、この場所は激しい展開でした。貴景勝でさえ、十四勝一敗で優勝すれば、あるいは横綱に上がれたかもしれない。貴景勝から星を二つ奪ったのも、また神様のなせる業でしょう。

 適当な話はここらで切り上げて、来場所の番付を考えてみると、なんとも、唸るしか出来なくなる。関脇で二人が勝ち越して、小結で二人が勝ち越しているので、もしかしたら来場所も四関脇かもしれない。こうなると、若隆景、豊昇龍に霧馬山も加わっての大関の地位の取り合いになる。この三人は実力的には拮抗してますし、取り口に個性があるので、面白い相撲が見れそうです。琴ノ若も父親の地位に並ぶのかな。琴ノ若が未来において祖父の琴櫻の四股名を継承するとは、個人的にはまだ思い描けないですが、あるいは、そんなことも起こるかもしれない。この場所で兄弟同時三役の、若隆景の兄の若元春も面白くなってきた。この人は負け越しそうで負け越さない。豊昇龍みたいなしぶとさとはまた違ったしぶとさがありますね。若元春は、今の現役力士の中では一番足腰が良さそう。二枚腰という奴です。この辺りで、最近はとにかく上位は実力が拮抗しているので、協会としては早く新しい大関が欲しいはずですが、しばらくは星の潰し合いになるかな、という気がします。他の力士では、翔猿が、やはり面白い相撲を取る。この場所は負け越しましたが、翠富士も小さな体で良い相撲を取りますね。

 これは余談ですが、この場所で幕下十五枚目格付出しでデビューした、落合という十九歳の人が全勝優勝して、来場所はいきなり十両です。どう転ぶかは見守るしかありませんが、どんな相撲人生を歩むのか、興味があります。というか、この人は高校生の段階で三枚目格付出しの資格を取るほど強かったようで、なんというか、漫画ですね。「火ノ丸相撲」は名作なので、是非みなさんチェックしてください。

 そんな感じの令和五年の一月場所でしたが、あと半年くらいは、本当の群雄割拠、戦国時代のままかもしれません。そして今年の十一月場所の頃には、一人、誰かが突き抜けている、突き抜けていて欲しい、と思ってます。それが豊昇龍なのか、霧馬山なのか、若隆景なのかは、分かりませんが。僕としては豊昇龍をやはり応援してます。怪我が治ることを心から願ってます。

 何より、強い力士が見たい、と心底、思ってます。誰も寄せつけないような、そんな強い力士を見たい。それが白鵬の幻影だとしても、思わずにはいられません。

 これこそが、白鵬の呪縛、百年続く呪縛なんでしょう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る