素人から見た「白鵬相撲」とは

 これを書いている今は令和2年の一月場所の最中ですが、白鵬はどれだけ寛容に見ても全盛期の強さを失っています。では、白鵬の凄さがどこにあったか、かれこれ15年くらい相撲を見ている素人の目線から、考えてみよう、というのがこの記事の趣旨です。

 僕の中では白鵬の凄さで特筆すべき点は、「強靭な足腰と体の柔らかさ」と「完成された四つ相撲」にあると思います。

 まずは前者ですが、白鵬の体はゴムのようだ、という発言がどこかであった。立ち合いで当たっても力が吸収される、というんですね。これは白鵬に限った話ではなくて、どうやら大相撲の世界では、一つの資質というか、タイプとしてはあるらしい。今場所のラジオ中継の中でも、新鋭で新入幕の琴ノ若をやはりゴムみたいだと同部屋の力士や親方が表現していたし、かれこれ10年ほど前に、どこかの雑誌の記事でも同じ表現がある。

 この「しなやかさ」が、相撲では実は有利に働くようだけど、では、それがどうやって身につくのかは、あまり素人にはわからない。ただ、白鵬のエピソードで有名なのは、稽古をする時、入念にウォーミングアップをする、という話がある。

 これも頻繁に耳にするけど、力士の筋肉は固い筋肉より柔らかい筋肉の方がいい、みたいな話もあって、この柔らかい筋肉を作るのが鉄砲と四股、すり足、という話もありますね。今の力士はウエイトトレーニングをよくやっていて、この昔ながらの稽古の比重が減っている、という文脈で語られるのです。

 たぶん、白鵬は若い時、この基礎を徹底的にやった事で、本来の体の特質も合わさって、独特な柔らかさが備わったんじゃないかな、と想像します。

 白鵬という力士の面白いエピソードとして、朝青龍が巡業の中でかけっこをやった時、朝青龍より速く走ったのが白鵬だった、というのは、何かを暗示しているかな、と思う。

 白鵬の上体がゴムだとして、下半身は、常に膝が曲がっているし、ここぞという時にグッと腰を落とすのは、白鵬がここ数年に出てきた力士の中で、一番完成された形を見せていた。

 これはやや違法ですが、YouTubeに白鵬と朝青龍の映像がいくつかあるけど、これは僕もリアルタイムで見ていた一番で、がっぷり四つになって、引きつけ合いから白鵬が横吊りに行った時、朝青龍の足が土俵をえぐりながら横滑りし、それでも朝青龍が残した後、最後は白鵬が朝青龍を投げるんだけど、この一番での白鵬の腰の位置が常に低く安定しているのが、感動的なほどに凄い。腰が重い、という表現が大相撲にはあるけど、これが単純な体重の重さではない、ということをこの一番が見せてくれました。

 白鵬の足腰を証明するのは、全盛期の白鵬は転ばなかった、相手を投げて転がるのは相手だけで白鵬は土俵に仁王立ち、というのがよく言われる事で、これは千代の富士も稽古場で転ばなかった、と北の富士さんが振り返っていたので、そこもまた、下半身の強さを示しているんでしょう。

 さて、白鵬の四つ相撲の完成度ですが、これは不意に気づきましたが、白鵬は大銀杏が乱れない、ということが言える。つまり頭をつけて相撲を取らないのですね。

 横綱相撲、と呼ばれるものがあって、横綱は相手に力を出させてから相手を負かす、というイメージです。白鵬は最近は張って立つことが頻繁ですが、全盛期は大抵は相手を受け止めていたわけだし、相手に頭をつけることが滅多にない、というのは、実はすごいと思う。相手に頭をつけるのは明らかに有利な姿勢なのですが、そうしないのですからね。

 離れて取ることもありますが、組んだ時は胸を合わせる、というイメージが白鵬の取り口には強い。このイメージが実際なら、白鵬の体の一つの特徴として、懐が深い、と呼ばれる要素があるかな、とは想像できる。もちろんもう一つ、組んだ時にいい位置でまわしを引く、という技術がある。この回しを引く位置が、実は重要らしい。白鵬が横綱になった頃、ゼロ年代の後半ですが、僕の主観では決まり手で出し投げがすごく多かった。朝青龍、白鵬がこの勝ち方を多くしていた気がしますね。当たって、上手で浅い位置の回しを引いて、体を開いて出し投げで這わせる、という感じです。

 少し回しの引く位置の僕の主観を書きますが、回しは浅い位置を引くと、相手はその手よりも内側、下手になるように腕を差せない、というのは見ていてわかります。回しを引く位置が深いと、がっぷりですが、真ん中のあたりを取ると、巻き替えの余地が相手に生まれる。ただ巻き替えは仕掛ける方が腕の隙間を作るために上体を浮かすので、その時の圧力が弱まるタイミングで寄る、という選択肢が生まれる。とにかく四つ相撲は得意の下手を差すのと同時に、上手をどうするか、回しを引けるか引けないか、が、大きいわけです。

 白鵬の四つ相撲の完成度は、常に得意の右四つになる、というのもありますが、実は凄いのは、お互い右四つの「相四つ」の相手に対して、左四つを選択できる、という幅があります。これがなぜ可能かは、実は特殊な要素があるのでは、と思う。

 白鵬の相撲は、いい意味で「両手両足がバラバラに動く」のではないかな、と僕は見ています。白鵬は右四つになった時、右腕は腰の動きと同時に相手の上手をきらいつつ、左腕で上手で回しを探り、さらに足は常に構えている、いつでも出れる姿勢、そして勝機にさっと足を運ぶ、みたいな、バラバラの動きが一度にできる、と見ていて感じます。これが最初から予定の動きではなくて、その場その場で、常に最適な動きをするのです。この「バラバラ」は、実は凄いし、天才的じゃないかな、と僕は見ています。常に自分優位になるように、相手に対して常に複雑な、同時に複数の働きかけができるのは、同レベルの対応力がないと、混乱するんじゃないかな、と考えます。素人考えですが。

 ここまで白鵬の相撲の良さを列挙しましたが、もちろん、正解ではない動きを白鵬がした場面もあるので、それを挙げておきます。これは平成30年の辺りで、横綱の鶴竜と当たった時、白鵬が繰り出した技ですが、組み合った後、肘を張って上手を切る動きをしながら寄る、という変な技です。二回の対戦でやって、一回目は白鵬が勝ちましたが、二回目は鶴竜が勝ちました。二回目は白鵬が肘を張って寄る瞬間に鶴竜が巻き替えて白鵬の寄りを残し、双差しで逆に寄り切りました。

 この辺な攻めは本来なら肘を張る動作ではなく、はず押しみたいにして寄るべきだと素人でもわかります。下手を離して肘を張っているわけで、相手に圧力がかからないわけですから。とにかく、この上手を切りながら寄る、という変な技を使うくらい、白鵬には選択の余地と発想がある、とはわかりました。まぁ、負けたら意味がないのですが。

 いよいよ白鵬も引退が近い、と、白鵬大好きな僕でも考えずにはいられない昨今ですが、「白鵬相撲」は、僕が見てきた15年の中では、完璧と言ってもいい完成された相撲だったし、本人の素質、メンタル、フィジカル、全てが一部の隙もない「型」だった、と明言できます。

 これを書いている日の翌日、白鵬と関脇の朝乃山が当たります。この一番を白鵬がどう取るかは、全く分かりません。先に書いた通り、白鵬には選択肢がある。右四つになるか、敢えて左四つで勝負するか、もしくは突き放して離れて取る、と選べるわけで、どれでもいいと僕は思います。一番見たいのは右四つでがっぷりですけれど。がっぷりを望む理由は単純。力相撲が見たいからです。アナウンサーが「大相撲になった!」って実況するような。

 白鵬はとにかく批判されますが、やはりもっと大勢が昔を振り返るべきだと思う。5年前、10年前、15年前で、気づくことがあると思う。もちろん、今の白鵬はダメだな、と気づくでしょうけど、白鵬は凄いな、と気づくことがあると、僕は信じます。

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