「令和二年一月場所十四日目」という記念日
この日、令和二年の一月二十五日は、実はかなり重要な一日だったのでは、と考えています。
初場所の十四日目、優勝争いは幕尻の徳勝龍と平幕の正代に、どうにか大関の貴景勝が続く、という形でした。
僕はその日は国技館にいて、二階席から見ていて、年に三回は国技館に行きたいと思っていて、その日もそのうちの一回、というわけです。ちなみに十四日目と決めていて、翌日が休みで、かつ、優勝決定の場面や横綱と大関の対戦が見たい、という意図です。
で、この場所は横綱の白鵬と鶴竜が序盤で休場して、大関は豪栄道と貴景勝でした。豪栄道は星が上がらず、大関陥落で、しかし土俵を務めて、場所後に引退となりました。
その日も取り組みが進み、まあ、徳勝龍とか正代とか、人気の炎鵬、遠藤なんかは盛り上がるわけですが、僕が一番、注目していたのは、大関の貴景勝と関脇の朝乃山の対戦でした。
貴景勝は負ければ優勝がなくなるし、朝乃山はここで負けると来場所での大関取りのために最低限必要になる十番の白星がなくなる、という、どちらも負けられない二人でした。
それも要素としては大きいですが、それ以上に僕が気になったのは、二人の取り口が全く違う、正反対、ということです。
貴景勝は強く当たってそのまま押していく押し相撲。
朝乃山は右下手を差し込んで左上手を取りに行く四つ相撲。
年末のNHKの相撲の特番には貴景勝が出演していて、朝乃山の四つ相撲には負けたくない、ということを言ってましたが、それは僕にもはっきりわかるほど、この二人の型の違いは、物凄く重要な要素なのです。
この日の取り組みは、はっきり言えば「最強の押し相撲」と「最強の四つ相撲」、どちらが強いか決めようか!という形な訳です。
実際に現地で観戦した時は、当たりでは貴景勝が押し込み、しかし土俵際で朝乃山が右下手で残し、ガバッと左上手を引く。朝乃山の逆襲に貴景勝が投げを打つような動きで、そこをそのまま朝乃山が寄り倒した、という風に見えました。
この勝負が決まった時の国技館は凄かった。カメラマンのフラッシュで土俵が光ったように見えて、会場の全部から爆発するような歓声が上がった。これが見たくて国技館に来たんだ、そう思いましたね。
貴景勝は22歳、朝乃山は25歳くらいだと思いますが、この二人はこれからひたすら自分の型で、ぶつかり合うだろうな、と強く感じました。そういう未来が、ものすごく楽しみに感じる、そんな予感さえ感じられる、両者の持ち味の出た、最高の一番が、この令和二年初場所十四日目の取り組みでした。
朝乃山は豪栄道と相口が良くて、この二人は共に右四つの型なのですが、豪栄道は引退してしまいましたが、朝乃山の右四つの型は、今の力士の中では横綱二人の次に強力な型で、左上手を引ければ、おそらく誰にも負けないでしょう。ただ、まだ左四つの力士や押し相撲の力士に弱いところがある。名前を挙げれば、左四つの遠藤は嫌だろうし、押し相撲では御嶽海、北勝富士が壁になりそうではある。
一方の貴景勝は圧力では一番だし、背が低いこともあるのか、重心が低い。それと思い切りよくいなしたり、突き落としに行ったりして、型というか、勝負の決め方が出来上がっている。
この押し相撲と四つ相撲、どちらが強いかの競い合いは、この令和二年初場所から、いよいよ本格的に始まるんだな、と感じました。そういう意味で、この日が非常に特別なわけです。
後になってこの日の貴景勝と朝乃山の一番を録画で見ると、貴景勝の当たりを受けた瞬間、やや朝乃山の腰が砕けそうになっていて、それにはかなり驚いた。あそこで耐える辺りが、朝乃山のしぶとさだな、としみじみ感じましたね。
話が少し脱線します。
大相撲は世代交代が叫ばれてますが、実は大卒組が多くて、僕の感覚では世代交代というほどの大きな変化が起きづらいかな、と思っている。
例えば19歳か二十歳くらいで貴乃花(当時の貴花田)は横綱の千代の富士を破ったわけですが、19歳で横綱と当たる地位に来る人が、もういなくなった。新入幕の力士も大卒だと早くて二十四、五でやってくることになる。
これはあまり勝手なことは言えませんが、本当に有望な人は中卒、せめて高卒で角界入りして欲しい。これは人生としてはギャンブル以外の何者でもないし、大学に行っておけば、学歴的には安心かもしれないけど、22歳から力士としてスタートするのは、力士になるとしてはギャンブルになる。
これは想像の域を出ませんが、大卒から入門する力士が増えると、中卒、高卒の力士とは技量に差が出るのではないか、と思う。10歳から始めたとすれば、高卒の経験値は八年なのに、大卒組は12年も経験値がある。しかも体の大きさが違う。自然と中卒組、高卒組は苦戦するのでは?
ただ、面白い現象があって、今、十両で取っている琴ノ若、琴勝峰、豊昇龍辺りの高卒組が、実に元気がいい。もしかしたらこの辺りの世代が幕内に上がって、番付を駆け上がると、まさに世代交代が起こるかもしれない。朝乃山はこの点で、大卒で三段目格付け出しで入門したお陰で、ギリギリ、先頭に立てるかな、というのが僕の見立てです。貴景勝はかなり有利ですね、年齢的にも、実力的にも、そして大関という地位も。
これから展開される、「最強の押し」と「最強の四つ」は、次世代の最強決定戦でありながら、新世代から差し込む、新しい光、新時代の風かもな、と思いました。
それと、この「押し」と「四つ」の対立構造は、相撲をより面白くすると思う。白鵬時代は、白鵬という完全無欠の「右四つ」にどうやって対抗するか、がテーマでした。それへの解答が稀勢の里、琴奨菊による「左四つ」であったり、日馬富士の「速さ」や鶴竜の「技」、高安の「体当たり」、琴欧洲の「大きさ」や把瑠都の「力」、などで、おおよそは白鵬に跳ね返された。この次の時代が、「押し」と「四つ」の対立、なんだと思います。
それにしても、貴景勝と朝乃山、この相撲はものすごく良かったなぁ。また見たいくらいです。
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