三十五話 騒動の終結を見る男

 エイラとコウをうまく出し抜いて仕留められたナイトメアはひと時の安寧に浸っていた。


「やはり油断ならない人たちでしたね。本来ならばここまで長居する予定ではなかったのですが。」


 思い通りにならないことに苛立ちと嬉しさがないまぜになったような表情を浮かべるナイトメア。軽く体を動かしながら具合を確かめる。


「よし、どうやら問題なさそうです。しかし肝心な場面を見逃してしまいました。まぁ、彼女の存在が確認できただけでもよしとしましょう。」


 そういってヴァイスとケルベロスもといグランツが戦った後の現場を見つめる。


「グランツ君、君が目覚めたとき姿形は人間に戻っていることだろう。しかしその心までは人間に戻れるかな?次君に会うのがほんの少しだけ楽しみだよ。」


 本人には聞こえないだろう言葉を残し、そこから闇に溶けるように消えるのだった。




 ヴァイス対ケルベロスもといグランツとの闘いに関心があったのはナイトメアだけではなかった。


「あの時、返しておいてよかったよ。『神狼の大太刀』と『止水の直刀』。」


 大量のモニター。多角的に二人の戦場後を映している。そんなモニターたちに360°囲まれ、キーボードをいじりながらも観察する少年。それは猫耳生やした少年ミルだった。


「あの二本の刀を返してなかったら怪獣大戦争みたいになっていたかもしれないからね。」


 いくらヴァイスもとい碓氷うすい涼介が特別な存在だとしても、彼女が使う特殊な氷はそう簡単に制御できるものではない。それをなんとか形にできたのはひとえにあの二本の刀のおかげである。


「これは想定よりも早くへ行ってもらう必要があるかもな。」


 そこで一本の電話が鳴る。ミルの懐から出てきたのはガラケー。


「あー、もしもし。……はいはい、わかってますよ。今行きますからー。」


 そう言って電話を切ると大きくため息を吐く。


「もっともっと彼の行く末を見たいところなんだが、あまり過度に関わるとから何言われるかわかったもんじゃないからな。」


 めんどくさそうにしつつも自らの役目を全うするために、ミルは仕事に没頭するのだった。






「あれ?ここは?」


 そんなお決まり台詞を吐きながら目を覚ますヴァイス。自分が意識を失う直前、おそらくはケルベロスを完全な氷漬けにしたところまでは覚えている。そこで意識を手放し今に至るのだろう。


「あれ?肝心のケルベロスは?」


 そう、それまでいたはずのケルベロスの姿がどこにも見当たらなかったのだ。その代わりといってはなんだが氷塊の残骸たちが前方を中心に転がっている。


 それらを見渡したところでふと違和感のある場所を見つける。なにやら人影のようなものが氷塊の下敷きになっていたのだ。しかも見覚えがある。近づいてしっかりと確認する。


 氷の下敷きになっていたのはグランツだった。彼の上に乗る氷塊をどけてなんとか救出する。


「グランツ!?大丈夫か?しっかりしろ!!」


「……んあ?ここは?」


 体を揺すりながら強く呼びかけるとゆっくりと目を覚ます。とりあえず一呼吸おいて落ち着きを取り戻すと、山岳城で別れて以降のお互いの行動のすり合わせをする。するとある一つの事実に気づく。


「ケルベロスになって俺を襲ったのは。」


「ほぼ間違いなく俺だろう。すまん!利用された形だがそれでも俺が襲ったことは間違いない。」


 ケルベロスがグランツの変貌した姿だったことが分かり、それからずっとこの調子で平謝りされている。


「もうわかったから。今回の件は俺もお前もナイトメアの被害者だろう?これ以上謝られても俺が困る。」


 ということで今回の件はこれで終わりとしたが、グランツの顔は優れなかった。そのことが気になりはしたが、これ以上踏み込むとまた無駄に謝らせることになりそうだったので追及はしなかった。


 そんなこんなでグランツと別れたヴァイスはこの場でログアウトすることを選ぶ。疲れたというのもあるが、やはり今回の一連の騒動はおかしいと感じることばかりだった。何も知らずに純粋にゲームを楽しむつもりだったが、ここまでおかしいことが続くとさすがに何も知らないことに恐怖を覚えてしまったのだ。


「プレイヤーをあれほどの怪物に変えられるプレイヤーがいること自体恐ろしいけど、それ以上にそんな危険人物を放置する運営が怖い。改めてちゃんと『リアル・リアライズ』について知らないと次俺が狙われないという保証はないしな。」


 自分の中で新たな決意をしながらもその場でログアウトするのだった。

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