三十四話 観察される男

 ヴァイスが化け物ケルベロスと死闘を繰り広げている間、エイラとコウはナイトメアと二対一で戦うはずだった。


「まさか君のほうから一時休戦を申し出てくれるとはね。」


「あなたを下手に戦って逃げられる可能性を負うより戦わずに目の届くところにいてもらったほうが気が楽ですからね。」


「私は納得いってないけどね。」


 実験の経過を観察したいナイトメアとナイトメアを逃がしたくないコウ、お互いの思惑の折衷案という形で一時休戦が成ったのだ。ナイトメアが拘束されているという状況を鑑みればナイトメアに交渉の余地があることに驚きだが、コウとしては何かと事情を知っているであろうナイトメアをここで逃がす手はないと考えていたからこその折衷案である。ちなみにだがここに「気に食わないからナイトメアをぶちのめしたい」というエイラの意見は全く入っていない。


 そんなわけでヴァイスの戦いの結末を三人は最後まで見届けたのだった。本当ならばヴァイスが殺される直前に飛び出そうとしたのだが、コウに止められた。そのことが不思議で仕方なかったが、コウの目には何を言っても曲げないという強い意志が宿っていたためそこで身を引いたのだった。

 そんなコウのおかげとでもいうべきか普通ならあり得ない現象に立ち会うことができた。


「なんだよ、あれ。」


 そう呟くエイラの視線の先にはヴァイスを守るかのように立つ女性。この存在には当然ながらコウも驚きを隠せていなかったが、ナイトメアだけは驚きというよりも納得の表情を浮かべている。すると当然のことながら二人が黙っているはずもなく。


「なにやら事情を知っているようですね。一体あの人は何者ですか。」


 探求心が赴くままにナイトメアへと問いかけるコウ。その眼には自分が知らないことを知っていることに対する悔しさが滲み出ている。


「何者と言ってもねぇ。残念ながら君たちに知る権利はないよ。彼女の存在に触れることは有資格者である私にも簡単にはできない。」


 そんな説明に馬鹿にされていると感じた二人だったが、その感情を表に出すよりも前にナイトメアが二人を制し、無理やり続きを話す。


「ただ君たちが彼女について知りたいのならばもっとこの世界のことを探求するといい。<リアル・リアライズ>なんて皮肉のきいたネーミングセンスの持ち主のことを知れば自ずとこの世界の意義、そして彼女の存在が何なのか知ることができるさ。」


 自身が拘束されたままであることをおくびにも出さず、それどころか二人を煽るように言葉を並べていく。ただしその内容を聞いてエイラとコウの二人は穏やかでいられなかった。もしナイトメアの説明を鵜呑みにするならば、今視界に入る彼女は<リアル・リアライズ>という世界そのものに関わりがあるということになる。つまりヴァイス一人を助けるためにゲーム運営サイドが介入したとしたということだ。


「何やら信じられないという顔だね。まあだから何だという話だ。この世界の深淵を覗けるか否かは君たち次第だ。そう。有資格者になれるかどうかもね。」


 その一言を口火にナイトメアを拘束していたはずの黒雷が弾け飛ぶ。それを見たエイラは驚き、動き出しが一歩遅れる。しかし、コウの対応は冷静だった。


『<魔撃>黒炎こくえん・クロウレイン』


 スコールのごとく叩きつける黒い炎がナイトメアに襲い掛かった。この時点でコウの考えの中に『拘束する』という手段は消えていた。ナイトメアという掴みどころのない相手に対してこれ以上手の内を晒したくないという考えと、ここまで話が聞けたら用済みだという考えがあったからだ。子供でありながらこの世界における魔法というシステムをおもちゃにする神童ならではの淡白な考えである。


 一切の容赦ないコウの一手は的確にナイトメアを捉えた。

 そのときに垣間見えたナイトメアの吊り上がった口角が印象的だった。



 気づけばエイラとコウの二人は始まりの街ビギンで目を覚ました。セーブポイントとして設定していた街である。この街にいるということはつまり


「あの一瞬で殺された…ということですか。」


「みたいだな。正直信じられないが。」


 あまりに埒外な出来事にもはや憤りすら覚える余裕もなかった。獣人の街ワイルでまだ戦うヴァイスやグランツのことを考え、再びワイルへと向かうべきかもしれないが二人にその気力すら残っておらず、その場でログアウトするのだった。

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