三十二話 デジャブを感じる男

 十話でのフェンリルとの戦いを振り返っていただけると、より分かりやすいと思います。なのでぜひ読んでいただけると幸いです。







 野晒石碑の前でケルベロスと一人で相対するヴァイス、つまり俺。そんな状況に理不尽だと感じながら、この『リアル・リアライズ』というVRのファンタジー世界に飛び込んで、これまで戦ったやつらを振り返る。

 ゴブリン、トレント、フェンリル、野盗の順番で戦ってきた。この時点でおかしい気がするが、極めつけは目の前のケルベロスである。しかもすべての戦闘で一人だ。


「どう考えてもおかしいだろ。」


 そう呟いてしまうのは仕方ないと誰も聞いていない独り言を呟き、脳内で勝手に弁明する。

 こんなことを考えている間にもケルベロスは三つ首すべてから絨毯のように火を吐いて広げつつも前足を様々な方向からこちらにぶつけようと迫ってくる。


 そんな攻撃にさらされながらもどこかデジャブを感じる。

 四足歩行。オオカミのような獣。大柄な体格。理性の有無や首の数、氷か炎かといった違いはあれどフェンリルと戦った時に似ているのだ。あの時は俺に戦う術を身に着けさせるために実戦形式だったが、今回のケルベロスはおそらく完全な敵。なぜ自分が狙われているのかはわからないが、ここまで明確に殺しにきている以上余計なことを考える必要はないだろう。必要なのは決して折れることのない討伐の意志のみ。


 取り返した『神狼の大太刀』を右手に、刃の峰を肩にのせ、左手を地につけ低く屈む。フェンリルの脳天を勝ち割った自分なりの技でケルベロスを斬り伏せるためにこの構えをとる。かつて氷塊をかち割った勢いでそのままフェンリルを斬ったのだ。目の前のケルベロスにも十分なダメージを与えられるだろう。


 そんなヴァイスの様子から何を察したのか、それまで逃げ場をなくすように吐いていた炎を一旦止め、三つ首がすべてこちらを向いたかと思うと、大きな一つの炎の球を生み出した。おそらく真正面から受けて立つという意思表示だろう。自分なら阻止するために前足で潰しにかかるのになんてことを考えてしまう。


 しかしそんなことはすぐに頭の隅に追いやり、すぐにケルベロスへと向かっていく。もちろん目の前には炎の球があるため、それを斬り裂いてからでないとケルベロスを斬ることができない。こんな状況すらフェンリルのときと似ている。どこか意図的にすら感じる。そのことに底知れぬ怖さがあるがここはラッキーだと捉え、フェンリルの時と同じ方法で、つまり火の玉を斬った勢いのままケルベロスを斬ることにした。


絶断ぜつだん


 フェンリルを一太刀で斬り伏せた、全身の力を一振りにのせて大きく振り下ろす、今の自分にとっての最強のイメージを体現した技である。ちなみにこの技のイメージ固めと命名は現実世界で一人自宅で考えた。一応大学生の身でありながら中二病をこじらせたようなことをやっていた。そのときはノリノリだったが、後々考えるたびに恥ずかしさがこみあげてくる。


 ただそんな黒歴史とともに明確なイメージを固めたおかげで前回よりも自然な動きで繰りだすことができた。炎の球を一切の抵抗なく真っ二つにし、そのままケルベロスの真ん中の頭めがけて振り下ろす。


 >>>ズバァァァン<<<


 斬り裂いた音が空気に反響する。しかし手ごたえがない。

 気づけば横への衝撃と共に大きく吹き飛ばされる。戦場となっている野晒石碑のある場所は石碑がある以外は更地のためかなりの距離を飛ばされることになる。


「ぐっ。痛ぇ。いったいどこまで飛ばされたんだ。」


 苦悶の声を漏らしながらもなんとか立ち上がる。纏っていたはずのアイスアーマーは砕け散り、それでもなお大きなダメージを与えられたようだ。そんな状況ながらもどれだけ飛ばされたのかを把握しようと周囲を見渡す。すると数十メートル先の正面にはケルベロスがこちらを見据えている。

 と思えば一瞬で目の前までやってきた。


 あ。殺される。


 真上から降ってくるかのようなケルベロスの右前足の一撃は、自分の死を察するのに十分な一撃だった。


 >>>ズドン<<<


 自分を追い回していた時の攻撃はジャブ程度だったのだろう。万全な形で放たれた一撃は文字通り天地を揺るがした。


 なんだかんだで『リアル・リアライズ』の世界に飛び込んで初めての死亡だと思う。正直よくやったほうだと思う。どう考えても序盤で当たるような敵とは思えない奴にばかり出くわした。だからしょうがない。所詮はゲーム。所詮は仮想世界。


 そんな諦観の念を抱きながら意識が遠くなっていく………はずだった。

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