三十一話 だんだん空気と化す男

「おい。いつまでそこに隠れているつもりだ。」


 抱えていたコウを地面に下ろし、一見誰もいない場所に向けて鋭く話しかけるエイラ。その瞬間に空間が歪み、見覚えのある男が姿を現す。


「.....なぜ?わかったのですか?」


 純粋な疑問を顔に浮かべながらエイラに問いかけるのはナイトメア。それに対しエイラは快活そうに笑うだけだった。


「.....まあいいでしょう。それよりなぜあなたは参戦しないのですか?いくら彼一人でもあの化け物を相手にするのは厳しいのでは?」


 それまでははぐらかすように笑っていたエイラは、その一言を聞いて意外そうな表情を浮かべる。彼の一言を額面通りに受け取るならば、苦戦こそすれヴァイスが一人でケルベロスを倒せると言っているようなものだ。ヴァイスに任せる判断をしたのは目の前の男、ナイトメアを先に倒してからでないと何をされるかわからないからこそ適当な理由をつけて一旦退いたのだ。あとで加勢する必要があるだろうと考えたエイラとは正反対である。


「彼は異常です。この世界のシステムを捻じ曲げるくらいには。」


 唐突にそんなことを言い出すナイトメア。会話がまるで成り立たないような感覚にどこか寒気を覚える。


「あなたもどうやらヴァイスが普通とは違うという認識は覚えているようですが、甘いですね。彼はあなたやそこの『魔童子』、ましてや私にもその底を計ることはできない。彼と我らとでは根本から違うのですよ。」


 ナイトメアはいったい何を言っているのか。エイラには全く理解できていなかった。その横のコウに関してもいまだ深い思考の海に潜ったままで話を聞いてすらいない。一応ナイトメアの存在に気づいてはいてもそのことに反応することはない。今はケルベロスの存在とヴァイスの使う魔法について分析するので精一杯なのだ。


 そんな中でも会話という名のナイトメアの一人演説は続く。


「ヴァイスは本来一般人が秒間で行う情報処理速度を大きく逸脱しているのです。それも不自然なほどに。さあ、なぜで....。わかってますよ。このへんまでにしときます。」


 興が乗ってきていた様子のナイトメアだったが、唐突に不機嫌になり説明をやめてしまった。そのことを不審に思うエイラだったが、それを指摘する前にナイトメアは仰々しく一礼したあと、


「さて、したい説明もできそうにないですし、ここらへんでお暇させていただきましょう。」


 ナイトメアの一人演説に振り回されたせいかエイラの反応が遅れ、その場を去るだけの十分な時間を与えてしまう。


『<魔縛>黒雷こくらい・ボルティクスネット』


 本来ならば消えていたはずのナイトメアは黒い電気を迸らせた網に捕らえられていた。捕まった張本人ナイトメアは仕掛けてきたほうコウを睨む。


「さっきは逃がしてしまいましたからね。今度は逃がしませんよ。」


 ずっと思考の海に沈んでいたはずのコウがいつの間にかナイトメアを見据え、杖を構えていた。

 ナイトメアはそのことにも不思議に感じてはいたが、それ以上に自身を拘束している黒雷が気になって仕方なかった。以前に自分に放ってきた『<魔撃>͡͡黒雷こくらい・ネガマイン』。たしかにあれは自分に刃が届きうるだけの効果があったが、それでも自分の行動を阻害するには足りなかった。しかし、今自分を拘束している黒雷は一切の行動を許してくれそうにない。

 それになぜ自分が消える瞬間を察知できたのか。それまでケルベロスとヴァイスのことしか頭になかったはずなのに。

 それらの疑問が脳内にあふれた瞬間、気づけばそれが言葉になっていた。


「さすがは魔法を玩具とする問題児、『魔童子』といったところかな。まさかこの短時間にここまで改良するとはね。しかし君の今の興味はケルベロスとヴァイス君に注がれていたのではないのかね?」


 自分の理解が及ばない状況に腹を立てながらもそれを表情に出さないようにしながら質問を投げかける。実験によって自ら答えを見つけ出してきたナイトメアにとって屈辱的なことではあったが、それでも知らないままでいるよりいいだろうと自ら辛酸を舐めることにした。ただここで聞くことにしたのは魔法のことよりもどうやって自分が去ろうとしたのがわかったのかについてだ。

 そんな質問に対してコウは当然のことを聞かれたことに苛立った様子を浮かべる。


「謎について考察するのはいつでもできますが、考察結果を試すのはその時その瞬間しかできないじゃないですか。何を当たり前のことを聞くんですか。」


 まるで自分の分身に怒られている気分になるナイトメア。そして自分の分身が呆けたように感じ苛立つコウ。自分以外のどんなものでも犠牲にして実験するナイトメアと魔法の追及をしつつも倫理観を守って実験するコウ

 似た者同士でありながら真逆の極致にいる存在。だからこそ無意識な苛立ちが、起こった事象に乗せて表面化する。

 ヴァイスがケルベロスとタイマンをはらされている間に、付近では同族嫌悪によるいがみ合いが起こっていたのだった。

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