二十八話 翻弄される男

「ご苦労様。」


 その一言で気づく。ガルアスの心臓を貫き、球体を握っていた黒い手。その手が強引に引き抜かれるとともに虚ろな目になり膝から崩れ落ちたガルアスの後ろから一人の男の影が現れる。

 頭から足先まで全身が真っ黒である。にもかかわらず着ている服はどこか医者を想起させる。


「ご機嫌麗しゅう、皆様。ワタクシ、ナイトメアという者でございます。」


 手にした球体を懐に入れつつ、ジェントルマンのように丁寧なお辞儀をしてくる。年季の入った振る舞いのわりにその見た目は二十代で十分通用するほどに若い。


「ヴァイス君、でしたね。君はなかなか興味深い存在だ。どうです?僕の実験台になりませんか?」


 柔らかい物腰で発言するには随分と刺激的な内容だった。もちろん即お断りする。


「そうですか、それは残念です。本来ならその気になるまで追い詰めるところですが、今回は優先すべき用事がございますので、、、?」


 言いたいことだけ言って、やりたいことだけやってこの場から去ろうとするナイトメアだったが、その足元には円形状に黒い雷光が帯電していた。


「噂以上の使い手ですねぇ、『魔童子』君。」


 そういってコウを見る。


「あなたを好きにさせると危ないですからね。『観察者オブザーバー』さん。」


「医者の格好した暗殺者なんて野放しにするのは危険だって相場は決まってるんだよ!」


 コウはどうやらナイトメアについて知っているらしい。エイラの持論はよくわからないが大筋としては賛成だ。


「火、水、風、土という四種しか存在しないなかで、雷魔法を独自開発した魔法開発の第一人者なだけあってなかなか愉快な魔法をお使いになりますねぇ。」


「『<魔撃>黒雷こくらい・ネガマイン』。拘束しつつ触れた部分に刺さるような痛みを与える魔法なんですが、随分と涼しい顔をしてますね。」


 自分の魔法が通用している手ごたえがないのかコウの顔には若干の悔しさがにじみ出る。しかしそれもエイラの様子を見て自信に満ちた顔になる。


「ところで僕ばかり気にかけてよかったんですか?」


 そういうが早いか、ナイトメアの背後で両手斧を振りかぶるエイラがいた。


 「<武技>攻派・大断ち」


 刃の通った軌跡が真空になる。一切の摩擦も抵抗も許さない一筋の振り下ろしでナイトメアが真っ二つになった……はずだった。


「まさか『大薙ぎ』にここまで繊細な攻撃ができるとは思いませんでしたよ。」


 縦に二分されたままで喋るナイトメア。まさにナイトメア悪夢だ。ちなみに若干ディスられたエイラはナイトメアを気味悪がりつつも不機嫌そうだった。


「ふらっと用事を済ませるつもりが思った以上に楽しめましたよ。」


 不敵な笑みを浮かべ、その場で黒い霧状になり消えるのだった。

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