二十六話 首謀者に会う男

 目的として俺たちが設定していた青い光の柱に近づくと、いつの間にか意識が飛んでいた。何の抵抗もなく。


 その光は誘蛾灯のようなどこか蠱惑的な雰囲気を放つ。

 その光は命の輝きの尊さを体現する。

 その光は俺の還るべき場所であることを訴えかける。


「.....ァイス!ヴァイス!!しっかりしろヴァイス!!」


 その声を聞くと意識が覚醒した。気づけばエイラとコウがこっちを見ながら必死に俺のことを呼んでいた。さっきまでは遠くから見ていた青い光の柱に近づくと、正確には青い光の柱の中に入ると浮遊感を感じるとともに安心感を覚えていた。エイラに話しかけられないままだったら自我が消えていたのではないかと思えてしまい、焦燥感が込み上げる。


「さすがにここで意識と魂を手放してくれるほど甘くはないか。」


 こちらにまで歯軋りの音が聞こえてきそうなほどのこわばった表情をした狼獣人の男がこちらを睨みながら呟く。彼の握りこぶしからは血が流れ落ちている。その横には十字型にくりぬかれた棺型の石碑。あれが『野晒石碑』だろう。その両脇には見覚えのある刀、『神狼の大太刀』と『止水の直刀』が突き刺さっていた。


「ようやく来たか、哀れな御柱様。自分の価値も自分の持つモノの価値もわかっていない。にもかかわらず命を狙われる。まったくもって哀れ。しかしそんなことよりもあなたの存在自体が憎い。最も憎い存在なのに、崇敬の念すら抱いてしまう己が腹立たしい。」


 それまで溜まりに溜まった怨嗟を吐き出すかのように恨み言が立て続けに並べられていく。それと同時に自分の中にある疑問が生まれた。


「それだけ俺が憎いならなぜ俺をもてなして油断させるなんて回りくどいことしたんだ?」


 恨む相手の動向を探るくらいならまだしも大人数で接待することに意味はないのではないかと思う。それに俺は全獣人から恨まれているらしいということを加味すればあれだけウェルカムな雰囲気だったことも腑に落ちない。


「それは僕が説明するよ。」


 その一声とともにどこからともなく現れたのは見覚えのある猫耳獣人、ミル。


「余計なことをするな、ミル。」


「そう早まらないでくださいよ、ガルアス様。御柱様だっていろいろ知りたいこともあるでしょう。自分の立場をはっきり理解してもらってからでも遅くはありません。」


 自身に渦巻く感情を隠そうともしなかった男、ガルアスは突如現れたミルに諭され、渋々ながらもミルの主張を認める。


「ただ説明の前に。」


 そういって一つ指を鳴らすと両隣のエイラとコウが動かなくなる。


「気にしなくていいよ。ちょっと部外者には耳にしてほしくないだけだから。」


 そういわれてもスルー出来そうにないのだが、そんな俺の様子を気にすることなくミルは説明を始める。


「さて、まず知りたいのは『なぜあれほどの歓待を受けたのか』だったよね?それは御柱様に対する純粋な崇拝の念こそが獣人の表面的な本能に刻まれているからだよ。そしてこれは同時に獣人たちの奥底に眠る別の本能を抑え込むという理性の役割を持っている。御柱様を襲った獣人たちは本能に刻まれた理性を失い、奥底に眠る本能、御柱様が獣人ではないことに対する怒りがむき出しになった状態だったのさ。」


 獣人たちには本能の部分に共通の理念が刷り込まれているようだ。ここで再び疑問が生まれる。するとそんな考えを俺の表情から察したのか、ミルが説明をし始める。


「僕やガルアス様が理性を失っていないのが不思議って顔してるね。でもこれはそんな難しい話じゃないよ。僕らは本能すら制御できるだけの理性を備えているというだけさ。」


 獣人たちが暴走して襲ってくる姿を嫌というほど見た今の自分にとって、ことを平然と抑え込んでいると言い放ったミルに対してどこか得体の知れない恐ろしさを感じた。

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