二十四話 二つ名について聞かされる男

「グランツのやつ、本当に大丈夫なんだよな?」


 山岳城の大門を出て、眼前に伸びる緩やかな下り坂を駆け抜けながら不安を吐露するように投げかける。山岳城に押しかけていた獣人たちがぱたりと来なくなったことで自分の中で余裕が生まれたからこそ今度は自分の中での心配の矛先がグランツへと向いたのだ。グランツの戦闘能力をほとんど知らない俺からしたらこんな不安を感じるのも仕方ないだろう。相手は明らかに近接戦闘に特化した武器と風貌をしていた。それに対しグランツの武器は二丁の拳銃。その相性は悪いだろうと予想される。


 だが一方のエイラとコウは微塵も心配する様子がない。その理由を聞いてみるとエイラからは、


「あいつは『瞬撃』だ。なら心配するだけ無駄だ。」


 と返ってきた。その言葉にコウも頷く。でも俺にはよくわからなかった。

 するとそんな考えが表情に出ていたのかコウが補足説明をしてくれる。


「リアル・リアライズが世に出て一年、その間に様々な功績や新発見をして界隈に存在を知らしめた人たちがいます。そういった人たちは一切の例外なく『二つ名』が運営から与えられ、それと同時に『二つ名』とその命名理由を全プレイヤー、ノンプレイヤーへと知らされます。グランツさんもその一人で、あの人の功績は運営サイドが設定もとい予測していた攻撃速度の突破です。」


 どうやらグランツは思った以上に有名で大物だったらしい。


「攻撃速度が速いということはあらゆる攻撃に対する反応速度も速いということだ。つまり『瞬撃』にとってあのデカブツはただの的でしかないのさ。」


 微塵も心配していない様子を見せながらエイラはそう説明を締めくくった。だがいくら攻撃速度が速くても攻撃力そのものが低かったら意味がないんじゃないか。そんな懸念を二人にぶつけると、


「あれだけ攻撃速度ばかりを鍛えるとその心配が出てくるのですが、彼は銃に装填する玉自体に工夫をすることでその問題を解決したようです。」


「過去にはあいつのことをなめてかかって勝負を挑んだ奴らは一瞬きのうちに全身に状態異常を負って倒れたらしい。状態異常のバリエーションも豊富のようだから今頃どの状態異常が一番効き目があるか弄りながら試してるんじゃないか。」


 どうやら大男のことを心配することになりそうだ。





 三人が山岳城を出て下り坂をかける姿を見ながら明かり一つない部屋で不敵な笑みを浮かべる一人の男。


「どうやら無事グランツ君を足止めしてくれているみたいだね。正直他のどのメンバーでもよかったけど彼が一番面倒だからね。彼がもう少し気の回る男ならこっちも配慮しないで済むんだけれどもね。まあいいか。失敗したら被検体が増えるのだから問題ない。」


 物語の中で生きているかのような飾った動きをしつつカーテンを開ける。月明りを眺めるがその目には感情が一切見えない。


「さあ、今回の物語の結末はどこへ向かうのか。僕は演者か観客か。僕はただこの欲望の泉に身を委ねるのみ。」


 誰に対して言うでもなくただ呟くその男の目にはそれまで見えなかった感情が宿る。しかしその表出化した感情は狂気に満ちた穢れたものだった。

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