十話 戦い方を教わる男

 フェンリルとの戦闘開始から三時間……

『汝、虚実を混ぜることで敵を欺くことができうる。』

「は、はい!」

『汝、前に進む意志を見せることでさらなる速度を手にしうる。』

「わ、わかりました!!」

 こんな感じで、フェンリルに指導していただくことになっていた。

 おそらく運営サイドがあまりに弱すぎて一生俺がこの空間から出られなくなることを危惧した結果が今の状況なのだろう。まさか四足歩行の動物に人としての戦い方を教わることになるとは思わなかった。

 ただ難点があるとすれば、設定を守るためなのかすごく回りくどく、わかりづらい言葉使いをしてくることだ。さっき出た一つ目のはまだわかる範囲だが、二つ目のは前傾姿勢になって空気抵抗を減らすような走り方を薦めてきただけなのに、やけに壮大に聞こえる。

 そんなこんなで文句が言いたくなるような指導でありながらも俺の戦闘技術は格段に上がっていると実感できている。

 そうして、そろそろフェンリルに攻撃が当たるかもといったタイミングでその場から一切動くことのなかったフェンリルがついに動いた。大きく跳んで後ろへと下がった。その後大きく胸を張ると、

『これにて終いにするとしよう。今こそ汝に与えられる最後の好機と知れ。』

 そういった途端フェンリルの頭上には氷塊が形成され、俺の周囲には氷の柱が円形に作られ、一切の逃げ場をなくした。

「もう、ここで決めるしかないか……。ダメだったらそのときだな。」

 あくまでここはゲームの世界だからとあえて楽観視することで心の落ち着きを取り戻した。

「この技で決めるしかないな。」

 そう言って体の姿勢を大きく下げ、刀は右手のみで持ち、刃は肩へと乗った状態にする。左手は地面へとつけた。その姿勢はまさに目の前のフェンリルから学びとり、自分が使いやすい形へと昇華させたものである。これはまさに速度をすべて攻撃力へと変える技。

 お互いこの状態でしばらく睨み合いが続いたあと、先にしかけたのはフェンリルの方だった。

『ウゥォォォォォォン!!!』

 大きく吠えたあと、自ら作り出した氷塊をこちらへと飛ばしてきた。その光景はまさに隕石墜落の瞬間である。

 それに対して俺は何をとち狂ったのか、今まさに落ちてきている氷塊へと向かっていき、全身のバネを使って大きく振り抜いた。本能に従って動いた形だが、その本能が今回は最適解を弾き出してくれたようだ。その結果氷塊は真っ二つに割れ、その割った勢いのままにフェンリルへと向かっていき、そのまま相手の脳天をかち割ることとなった。

「……はぁはぁ、なんで避けなかったんだ?」

『……汝はもう、気づいているだろう。我にはもう、動けるだけの力はない。』

 ………思い当たる節はあった。フェンリルと聞くとどことなく足の速いイメージがあるが、フェンリルと対峙してから走っているところを見ていない。せいぜい、一度大きく跳躍したくらいである。

『我を倒した汝が、これからどんな運命に立ち会うのか、見られないのが心残りだが、不思議と晴れやかな気持ちだ。』

「なんかよくわからないけど、まぁ俺なりに頑張るよ。」

『下手に高い目標を掲げる愚物なら、我が死に行く冥土の土産として汝を食ろうてやる。だが汝はそうではないだろう?ならば何も言うまい。』

 そう言ったあと、フェンリルはダイヤモンドダストのように綺羅びやかな粒子となって消えていった。その場に残ったのは、死力を尽くし、うつ伏せに倒れる俺とフェンリルのいた場所に残った白銀の球体だけだった。



 もし余裕があれば、今日中にもう一話投稿したいと思います。今年もよろしくお願いします。

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