生械戦争

深恵 遊子

プロローグ

 義体バイオフレーム

 21世紀末に実用化され始めた技術で、人工的に作られた有機物による体組織の俗称である。

 20世紀末に発刊されたとあるSF漫画が下敷きになっているのだそうだ。

 元の名前は「Artificial body for Physical Disabilities and Internal Ones」日本語に訳すと「身体・内部障碍者用人工生体部品」となる。

 通称として「APDIOアプディオ」とも最初は呼ばれていたらしいが、日本に技術が渡った際に付いた俗称が一般化し広まったのだ、というのが通説である。

 この技術は開発直後から軍事転用が考えられていたらしく様々な黒い噂も絶えないが、現在では概ね世間から認められていると言えるだろう。


 この『義体ぎたい』という言葉だが、実は機械によって作られた『機械肢体メタルフレーム』を含まない。こちらはむしろ『偽体ぎたい』という字があてられていたりする。

 『義体』と『偽体』を区別する理由は簡単だ。どちらも肉体の代替品であることには変わりないが、目に見える表面上に限っては『義体』の方が人間に近いのだ。

 実際、この差が世間に認められていたのか人工生体部品のほうが人々に受け入れられる時間が短かったようだ。


 さて、この『義体』だが現在では4つの種類に分類されており、用途ごとに性能が異なっている。


 例えば、一般用義体は主に身体機能の補助を目的として移植される。

 自分好みにある程度調整をすることができるのが特徴だ。

 調整を行うときは補助義体ツールと呼ばれる部品を取り付けるのだ。『体幹筋力補助生体部品』という義体を自らに移植すれば体幹筋力を底上げすることが可能だ。

 これら補助義体は身体のごく一部のみに移植することから政府に対する申請が通りやすく、手軽に移植可能なため大衆に支持されている。

 ただし、出力は低く産業用などに比べると性能が劣ってしまうのが欠点だろうか。


 他にも産業用義体は一般用と同様に身体補助のための移植をなされることが多いがその出力は桁違いだ。

 一般用よりも強い力を出すことができ、長時間の作業が可能になっているのが特徴だ。

 こちらも一例を出すとするならば『重量物運搬用腕部部品』だろうか。この義体はその名の通り自らの腕を超人のごとく変える。

 ただし、政府に対する申請が通りにくく、勝手に自分で調整を加えると違法改造になり書類送検されてしまうため扱いが難しい代物と言えるだろう。


 同様に医療用義体も扱いが難しいものの一つだ。

 医療用であるため過度の改造を禁じられており、そもそも改造を行うことで誤作動を起こしたりするほど繊細な義体だ。

 かつて不治の病と呼ばれるほど治療が困難だった病気への治療に用いられており、重要臓器の人工生体などがこれに当たる。

 政府に対する申請が最も通りやすく、医療用義体の移植をされている者は人類の8割を超しているという。


 四区分の中で最も異質なものは軍用義体だろうか。

 軍用と呼ばれているとおり国際法において軍属にしか移植が許可されていない義体である。

 産業用の義体同様高い出力を出すことができ、武装義体アタッチメントと呼ばれる多種多様な兵器を取り付けることができる。

その影響で人間からかけ離れた様相になってしまうというのがこの義体の最大であり唯一の欠点だ。


 唐突に話は変わるが人間というものはどうして自分を人間として認識できるのだろうか。「Je pense,donc je suis.」とはデカルトの有名な言葉「我思う、故に我あり」である。この言葉はまさに正しかった、と現代に生きる人間なら誰しもが言うだろう。

 人間という生き物は常に自分の形を視覚、あるいは触覚で認識しているものだ。

腕部然り、脚部然り、そして胴体部然りである。

 それらに変化があれば精神構造が歪んでしまうのは自明の理と言わざるを得ない。


 そのことを人類が再発見したのは軍用義体が実用化されて3年後のことだった。

 かつて中東と呼ばれた某所にて軍用義体を利用していた米軍兵士が突然発狂し周囲に対する無差別な攻撃を開始。米軍の兵士50余名が死亡、100名以上が重軽傷を負ってしまう。

 原因は『人間であるのに人間以外の形をとってしまったこと』による過度のストレスであると結論づけられた。

 そう、軍用義体は完成した自我に対して毒にしかならないのだ。


 現代において軍用義体を移植する大人の軍人はいない。

 自らの精神をゆっくりとしかし確実に蝕んでいく、そんな兵器に興味を持つ者がいないのは至極当然のこと。

 だが、軍用義体の需要はなくならず、未だにそれを専門として製造する企業まであるほどだ。


 一体、なぜなのか。


 それはとある研究機関、仮に『A研究所』としておこうか。

 そのA研究所の提出した統計資料に端を発する。

 子供に移植した場合において成人に移植した際に起きる精神異常は見られず、むしろ成人の軍人よりも高い適性を見せたという統計結果である。


 つまりはそう言うこと。

 戦争は形を変えた。

 大人だけの戦争は終わり、そして子供たちを兵器に変え戦争は再び始まった。


 そんな兵器へと変えられてしまった子供たちを指して人々はこう呼ぶ。——『生体兵器ブッチャー』、と。


 ◆


「……というわけで、軍用人工生体は今まで危険視されてきたわけだ」


 教師が教壇に立ち、授業を執り行い。生徒がそれをメモする。昔ながらの授業風景。


「おっと、脇道にそれすぎたな。話を戻そう」


 いつもの授業風景。現代科学史の授業を聞いた振りで流していく。


「……して、その翌年、つまりは西暦2086年の日本。この年、機械肢体メタルフレーム人工生体バイオフレームについて重要な出来事が起きた。

 所謂、『第一次反人工生体非合法武装組織アンチバイオフレーム蜂起事件』と呼ばれる事件だな。

 この時テロ活動を行っていた過激派非合法武装組織を『機械化計画メタルプロモート』と呼び、彼らのような機械肢体肯定派を一般的に『機械論者メタリアン』や『機械肯定派メタルポジティブ』と呼んでいる」


 現代科学史の教師の名前は榊彦照。

 元々は近代科学史の教師で時代遅れの原子力発電などの旧式エネルギーの再研究なんていう無駄なことをする変人だ。無駄なことをすると色々な人がバカにしている変人だが悪い人ではない。実際、生徒からは好かれている方の先生だろう。


「……『生体論者バイオロジスト』とは違う呼び方として我々のことを『兵器候補サブブッチャー』なんていう心無い呼び方をする者もいるな。だからといって、『機械論者』のことを『機械志願者サイバネティアン』なんて呼ぶんじゃないぞ」


 先生は現代科学史の授業なだけに身近な差別用語についても取り上げてくれる。

 これらの言葉を知らない生徒はいないが、『兵器候補』という言葉を聞いて全員が厳しい顔をしていた。その姿を見て先生は満足そうにうなずいている。


 先生は『人工生体科学倫理研究会』の初期メンバーの一人で高名な先生らしい。だから、こう言う倫理的な成長を遂げている生徒が多いことは先生にとっても喜ばしいことなのは察せられた。

 人工生体の中でも一般用人工生体の開発に企業で携わっていた、という話を聞いたことがある。それをなぜ辞したのか、理由を聞ける生徒はいなかったけどみんな何かあったということだけはわかっていた。

 かつて人工生体工学を専門にしていたということは原子力研究については唯の趣味なのだろう。あまりにも分野が違いすぎる。


「さて、ここから授業の本題に入るとしよう。安藤、起立だ」


 榊先生の授業の名物と言えば、誰か生徒を指名して予習をしているか確認する『授業補助生徒制』。

 指定された人物は起立し、先生の質問に必ず答えなければならない。

 これは授業中ボーっとしていた人間も例外ではない。

 今起立させられた安藤は板書も写さずぼんやりとしていたのだろう。少し慌てているようだ。


「……予習していなかったのかい?もういい、補助義肢ツールを見ながらでいいから答えてくれ。

 西歴1933年から事実的に発足したナチス・ドイツ。このナチス・ドイツの首長、アドルフ・ヒトラーが行った演説である『大平和演説グレートピース』になぞらえて『機械化計画』がおこなった演説を何というか答え、説明しなさい」


 西暦1933年、というと近世の話だな。

 『機械化計画』の行った行動や起こした事件はナチス・ドイツになぞらえられることが多い。

 なので、割と現代科学史をとっている人間にとって近世史の授業は大切な授業だったりする。

 クラスメイトの安藤は先生の質問に電子短期記録媒体メモを見ながら答えていく。


「ええっと、演説の名前を『大自然演説グレートネイチャー』と言います。これは『機械肢体、人工生体問わずに人間が加工し作り出したものを自分の体としては使わず、ただ自然のままにありのままの自分の体を大切にしよう』という物です」


 だが、彼らの本意はそこにはなかった。

 そこで彼は手元の電子短期記録媒体メモをしまって目線をあげる。


「しかし、実際には彼らが行っていたのは機械肢体による市場の独占だったと一般的に言われています。

 主な目的は『人工生体の衰退』です」


 そう、『人工生体の衰退』。

 しかし、今を以て彼らがなぜ人工生体の技術を衰退させようとしていたのかは判明しているわけではない。

 今も彼らの幹部らだけが知る機密情報の一つになっているのだそうだ。


「結局、彼らの大半は特殊警察によって拘束され、今も刑務所の中で服務中だったかと」

「その通り、概ね正解だな。座ってよし。さて、片山。話題になっている『機械化計画』の基本理念を言ってみろ」

「はい、先生。……」


 授業は、続いていく。


 ◆


 そして、突如として破裂音が鳴り響いた。

 目の前にはゆっくりとこちらへ向かってくる小型の飛行物体。

 授業にはない実寸大の殺意を宿した鉄の塊。


「避けてください、少尉!」


 聞きなれたその声で反射的に身をかがめると破甲弾ブロウィングメタルが髪の毛を掠る。

 それだけで髪の毛が一束ごっそりと持っていかれる。

 弾丸は背後の壁を穿ち、派手にコンクリートをぶちまける。

 小さな弾丸で大きな被害を与えるという理念に即した結果である。


 かがんだままあたりを見まわしても周りには死体しかなく、平和な日常なんてどこにもなかった。

 目の前には対物ライフルをまるで牽制の為だけに使っているような女性の軍人。いや、「ような」ではない。対物ライフルですら目の前の敵にとっては牽制に過ぎないのだ。その身体をところどころ異形と変えた軍服の女はこちらの様子を伺う。

 『生体兵器』と呼ばれる者達に特有の化け物のような姿。普段は太った体に見せかけているようだが、今は体中が裂けて黒い弾頭が体の外に露出してきている。どうやら小型追尾弾発射装置ミサイルポッドを積んでいるらしい。

 これが武装義体だ。


 武装義体が忌避される最大の理由、それこそがこの形状にある。

 ある者は自らの身の丈ほどもある尻尾を身に着け、ある者は伸縮自由な手足を身に着け、またある者は頭全体に目がつけられている。

 その姿は異形そのものであり、関わる他者は常識を、持ち主たる本人は精神が削られていく。


 しゃがんだままに考え事をしていると上から声が降ってくる。


「気が付きましたね、加賀良介かが りょうすけ少尉。」


 そう、少尉。

 改めてそう呼ばれると実感が伴うようになってくる。

 彼女が呼ぶように、今の俺は学園生ではなく傭兵部隊の少尉。

 俺は学園を卒業することもなく、いつの間にか兵隊になって戦争をしていた。

 選択肢なんてなかった、と言ったら言い訳になってしまうだろうか。


 気が付くと、なんていう話ではなく。とっくの昔に俺の日常は既に崩れ去っていた。


 西暦2104年。つまりは今から5年前のことだ。

 『機械化計画』は『機械論者』をまとめ上げ、日本と言う国家そのものに戦争を仕掛けた。

 あちこちでゲリラ戦が行われ、次第に日本は統治国家としての基盤を失っていった。

 最初に解体されたのは国会だった。

 理由は簡単、話し合う人間が誰もいなくなったからだ。国会議員はその全員が『機械化計画』の所属員によって殺害された。勿論、一人の例外もなく。


 結局東西日本は分裂し、内戦は始まった。

 当時の『人工生体論者バイオロジスト』の学生の内、適性のある者は武装義体を換装されることが決定されたのだ。

 強力な兵器を以て凶悪な機械どもを撃ち滅ぼす、そう言う論調があったことは否定しない。

 ともあれ、企業連盟は学生を徴兵しその身体に武装義体を移植し始めた。

 中には武装義体に対して精神的、あるいは肉体的な拒否反応を起こす者も勿論、いた。

 そういう適性のないものは『リンク』と呼ばれる脳チップを埋め込まれることとなった。


 この『鎖』は元々機械化された人間に対してハッキングし、機械を動かすプログラムの破壊や制御の崩壊に伴った機械側の破損をさせるのが目的とされた技術だ。

 それを現在においても武装義体を換装された人間を発狂させないようにするための手段に再利用したと言う話は有名である。

 その名の通り生体兵器や機械肢体を縛るために作られた『鎖』なのだ。


 そして、武装義体や脳チップを換装された学生たちはひたすらに敵と戦わされることとなった。

 敵、つまりは自分たちと同じように無理矢理に機械換装され戦場へと連れてこられた同い年くらいの学生達と。


 戦いを重ねた学生たちはいつしか大人になり、下の世代を率いて戦うようになった。

 いつの間にか3年が過ぎ、敵も機械そのもののような形状の兵を投入してくるようになった。

 内戦は年を重ねる毎に激しくなるばかり。

 終わる気配は毛頭もなく、上層部も終わらせるつもりがないのだろう。


 そんな終わることがなく、正義も悪もない、ただの惰性で続く戦争。

 これを指して人々はいつしかこう呼ぶようになっていた。


 ――――『生械戦争』


 答えのないこの闘争は今も、終わらない。

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生械戦争 深恵 遊子 @toubun76

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