第12話 明治11年の木戸孝允

「伊東君は木戸さんとは会ったことはあるのか?」


 府県会規則を作っている最中、伊東巳代治に松田道之がそう尋ねた。


「いえ、静間さんからお名前は聞いたことはありますが、直接は」


 巳代治が中央に出仕したのは明治10年のことである。


 静間こと長州の静間健介の紹介で伊藤博文と縁を持った。

 その頃には既に木戸はこの世の人ではなかった。


 今は明治11年。

 大久保利道も暗殺され、明治は次の時期を迎えていた。


 伊藤博文が内務卿となり、巳代治や井上毅はその下で府県会の規則を作るため集められたのである。


「そうか。この府県会はな、木戸さんの願いだったんだ」


 府県会とは地方議会のことである。


 だが、ただの地方制度ではない。


 これは日本という国に初めて『議会』と『選挙』というものが実施される、歴史的に意義の大きなものなのだ。


「木戸さんはまずは地方から議会や選挙を始め、日本に議会というものを根付かせたいと願った。話によると木戸さんは大阪会議の時に、それを求めたらしい」


 大阪会議は明治8年のことで、巳代治はまだ18歳の時である。


 なんとなく遠いことのような顔をする巳代治に、井上毅は作業を続けながら言った。


「私たちは維新の功労者が遺したことを、実現していくのが役目ということだ」


 維新の功労者たちには大きな夢があったが、外国経験や知識がそんなにあったわけではない。


 それを留学経験があり、実際に本物の議会を目にして、海外の法律を学んできた次の世代が現実化していくのが、明治の世の流れだった。


「木戸さんは亡くなってしまったが、こうして木戸さんの遺志は生きている。府県会規則が出来て、選挙が行われ、地方に議会が出来れば、故人も喜ばれるだろう」


 松田は高杉晋作と同じ年であり、維新時代に志士をしていた世代である。


 木戸と干支が二回り年齢が違う巳代治と違い、木戸は身近な存在だった。


「地方議会はこの国最初の議会であり、ここでの成功が後の帝国議会に繋がるのだ。いいものを作ろう」


 明治12年、府県会が各地で開設され、明治23年に帝国議会が初開会する。


 そして、木戸孝允が亡くなってから40年経った昭和12年。


 大日本帝国憲法を作った一人、金子堅太郎は『憲法制定と欧米人の評論』でこう書いている。


『木戸孝允氏は日本の国體には勿論憲政政治に就いては、大なる勲功者と申さなればならん人物である』

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