第11話 自分がキャラ化されたときのご本人の意見

 徳富蘇峰とくとみそほう

 『不如帰ほととぎす』を書いた徳冨蘆花とくとみろかの兄であり、『国民新聞』を主宰した明治から昭和にかけての著名なジャーナリストである。


 その蘇峰の元にある人物が訪ねてきた。

 『国民新聞』同様、明治時代を代表する新聞『東京日日新聞』の社長だった関直彦せきなおひこである。


「懐かしいものを持ってきたぞ」


 直彦が見せたのは須藤南翠すどうなんすいが明治時代に出した小説だった。


 南翠は大隈重信の参謀であった矢野龍渓やのりゅうけいの姪を妻にもらった立憲改進党系の記者兼小説家である。


 蘇峰は丸眼鏡の奥の目を細め、南翠の小説の表紙を見て、声を上げた。


「またずいぶん懐かしいものを見つけてきたな!」

「そうだろう? もう書いた当人の南翠も亡くなってしまったくらいだからなぁ」


 その本は蘇峰と直彦がモデルになった小説だった。

 

 ある華族の令嬢を巡って、モデルとしてキャラ化した蘇峰と直彦が恋のバトルを繰り広げる話である。


 明治二十年代、二人は共に長州の元勲・井上馨のところに出入りしていた。


 当時、蘇峰は二十五、六歳の洋行帰りの秀才で新聞社の主宰をしていた。


 直彦も福地桜痴ふくちおうちの手引きで洋行し、その後、桜痴の跡を継ぐ形で二十代にして東京日日新聞社社長となっていた。


 新進気鋭の若手新聞社長二人が、長州の井上馨と縁を持ち、その家に出入りしているのは、新聞業界で目を引いたらしい。


 南翠は蘇峰と直彦をモデルにして、井上馨の令嬢を取り合う恋愛話を書いたのだ。


「二人とも無風流人だというのに、この本ではずいぶんと風流才子に書かれたな」


 蘇峰も直彦も小説の中では、洋行帰りのカッコいい秀才としてキャラ化されていた。


 特に明治半ばだとまだ洋行帰りは珍しく、箔があり、小説を読む人は素敵な人を思い浮かべたことだろう。


 ずいぶんと盛られたものだと二人は笑い合った。


「まったく。南翠のおかげで紅顔の美少年として名声を得たが、それが見てみろ。今じゃ君は白髪頭、僕は禿頭。人生夢の如しだな」

「左様左様。今は見る影もない!」


 蘇峰と直彦は笑い合い、可憐な紅顔の美青年と書かれた自分たちがモデルの本を見て笑ったのだった。


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 関直彦の回顧録に載っていた話です。

 実際には直彦が蘇峰を訪ねたのではなく、宴の席でこの話をしたそうです。


 蘇峰たちはずいぶん風流才人になっちゃってと自分たちがモデルになったことを笑っていますが、野口英世はむしろモデルにされたのではと疑い、改名しています。


 坪内逍遥の『当世書生気質』に出て来る借金癖のある自堕落な人物の名前が『野々口精作』だと知り、自分がモデルと思われたらどうしようと焦って、名前を英世に改名したのです。


 英世自身、結婚詐欺紛いなどで借金を繰り返し、遊郭で浪費していたりしたので、坪内が何かしたというより勝手に慌てたという感じですが、蘇峰たちのようにキャラ化したのを面白がる人もいれば、モデルと思われたくないという人もいたようです。

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