第2話 気性の荒すぎる薩摩人の話~伊東巳代治
19歳の時にその英語の才能と筆力を伊藤に見出された巳代治は、伊藤が明治10年代に
記憶力が良く、
それは腕力に訴えてくるタイプの人間である。
今は官吏だが、元々は
一日でも喧嘩をしないと気分が悪くなるという喧嘩好きで、体重80kgを越す明治時代とは思えない大男。
薩摩の『ぼっけ
しかも、親が外国人相手の仕事をしていたし、自分も8歳の時から外国人の英語塾に通っていて、ハイカラが服を着て歩いているような男だった。
その巳代治と河島がある日たまたま討論になった。
巳代治は仲間である
どんな反論が返ってきても、ねじ伏せる自信が巳代治にはあったが、掴まれたのは言葉の端でなく、服の襟だった。
「
怒りで顔を真っ赤にして、河島が巳代治に組みつく。
巳代治はそこそこ背はあるが、生粋の文官である。
周りはまずいと思ったが、負けず嫌いの巳代治は謝らずに受けて立ち、取っ組み合いになった。
物音を聞きつけて、周りが騒ぎ出す。
「おい、止めろ止めろ!」
「誰か呼んで来い!」
騒ぎを聞きつけ、巳代治と同じ伊藤派官僚である
「何があった」
「あ、井上さん、ちょうど良かった。巳代治が……」
複数の人間が興奮する河島を抑える中、河島に組み伏せられて
「大丈夫か、巳代治」
「……」
なんでもないですよ、といつものように強気な言葉が返ってくるかと
「……見せてみろ」
喉を抑えている巳代治の手を毅が
言葉を失う毅に、後ろで見ていた書記官が声が出ない巳代治の代わって説明した。
「河島さんに組み付かれて、首を締められたんですよ。河島さんが巳代治を組み伏せて乗っかって、上から両手で力を込めて首をぎゅうぎゅう本気で締めるから、うっかりあのまま絞め殺すかと思うほどでした」
明治時代の前半は、酒に酔った薩摩の
絞め殺すという言葉が、割と
「立てるか?」
心配して手を差し出す毅の手に弱々しく手を差し出しながら、巳代治は口を開いた。
「……だから嫌いなんですよ、薩摩人は。野蛮で」
負けたとか苦しいとかそういう言葉を口にしない巳代治に、毅はちょっと笑ってしまった。
「巳代治も相手をやり込め過ぎだ。弁が立つのはいいが、
「毅さんは一回り以上年下の僕が何を言っても、手を上げないじゃないですか」
引っ張り上げてもらいながら、巳代治は口を
「私は巳代治に弁舌で負けることはないからな。動けるか? 今日は午後は帰って休むか?」
「動けます。尻尾を巻いて逃げたと言われるのは嫌ですから、昼休憩が終わったら仕事に戻ります」
けほっと咳をしながら、強気に巳代治が答える。
「あと僕も毅さんに弁舌で負ける気はありません」
「そう思うなら自慢の喉は潰さないようにしろよ」
「気をつけますが、僕は陛下と老母と伊藤さん以外に折る膝は持ち合わせてないので」
負けず嫌いで気位の高い若い同僚に半ば感心、半ば呆れながら、多少は身の安全は配慮してやろうと毅は思うのだった。
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