第89話 呪われし屍竜の最期

「いっくぞおおおおおおおおおお!」


「ピイイイィィィイイイヤァァァアァ!」


 俺の気合いの声に、リリアの叫びが唱和する。


「〈我が内なる力よ、荒れ狂う雷光となれ〉! うおおおおおおおおおお!」


「ギャ、ルグオォォ、ァオアオ、アオア、オアオオ、アアアアア!」


 凄まじい閃光とともに、いかづちの奔流が屍竜の全身を包み込む!

 屍竜の肉が沸騰したように弾け、タールのような黒い液体が血のように吹き出す。苦悶の叫びを上げる口は極限まで開かれ、白く濁った目玉が飛び出さんばかりに膨れあがった。

 そんな状態になっても、屍竜は手足をばたつかせ、雷の嵐から逃れようともがく。


 だが、逃しはしない!


「うおおおおおお! ま、だ、まだああぁぁぁああああッ! 〈我が内なる力よ、荒れ狂う雷光となれ〉!」

 

 魔力増幅の腕輪に嵌められた宝玉が、目を眩ませる光を放ち、凄まじい勢いで俺の生命力を吸い上げ、魔力へと変換していく。

 全身の肉がそげ落ちるような疲労感が俺を襲い、すぐさま〈超回復〉が付与された雨水が疲労感を吹き飛ばしていく。

 疲労と回復、死への加速と生への回帰——相反する感覚が体内で荒れ狂い、脳がパニックに陥りそうになる。

 だが、ここからが正念場だ!


「ピイイィィィイイイ………………!」


 俺が屍竜を押さえ込み、ヤツの生命力を削り取っていく間に、リリアは口腔内に魔力を蓄えていく。

 限界を超えた、最大の一撃を放つために——!


「お、お、おおおおおおお……っ!」


 俺は体内の魔力をコントロールし、〈雷光〉の魔法を維持しながら、別の魔法を放つべく魔力を練り上げていく。


「〈ここに集え、叡智の光。光の矢となりて敵を撃て〉、〈ここに集え、叡智の光。光の矢となりて敵を撃て〉、〈ここに集え、叡智の光。光の矢となりて敵を撃て〉……! おおおおおおおっ!」


 天にかざした俺のてのひらから、光の矢が次々と飛び出し、雷のおりに包まれた屍竜を取り囲んだ。その数は百以上……!


「これで、お前に……逃げ場は、ない……っ!」


「ピイィィィィィィ———————!」


 リリアの魔力が最高潮に高まったのを感じた瞬間——俺は〈雷光〉の効果を解いた。


「いまだ、リリア!」


「———————ヤアアアアァァァァァァアアア!!」


 リリアの口から放たれた白銀の光は、氾濫した濁流のようにうねりながら、屍竜の身体全体を飲み込んだ。


「ギャ……ゴ……オ……オ……!」


 光のブレスは屍竜の悲鳴すら飲み込み、その身体を細かい肉片へと変えていく。


「行け!」


 俺の号令とともに〈光の矢〉が宙を乱舞し、飛び散った肉片をことごとく撃ち抜いた。

 そして、すべての肉片が無に帰した後——。


「あれが、本体——力の核か……!」


 空中に、赤く輝く宝玉が姿を現した。人間の頭ほどもあるそれは、まるで生きている心臓のように強く脈動していた。 


「〈魔法王の名において汝に命じる。天より降りし雷神の裔すえよ。地を灼き鉄を溶かす息吹もて知られる竜よ。灼熱せよ、咆吼せよ、蹂躙せよ——〉」


 俺の詠唱を聞いたリリアが、翼を羽ばたかせて宝玉へと迫る。


「〈汝が力の解放を許す。汝の名は、殲竜バルデモート〉!」


 合言葉の完成とともに、俺の手に握られた魔剣が真の姿を現した。


「——終わりだ」


 すれ違いざまに、炎の剣で宝玉を切り裂く。


「俺たちの——」


 両断された屍竜の核は、赤から薄墨色へと姿を変え——。


「——勝ちだ!」


 灰となって崩れ、降りしきる雨の中へと消えていった。


『終わり……ましたね……』


 心の声とともに、リリアの安堵が身体を通して伝わってくる。

 リリアはゆっくりと翼を動かし、その場で旋回した。


「ああ……」


 俺は息を長く吐きながら、視線を空のかなたへと移した。

 遠くの空で、雨雲の切れ間から光が差しているのが見えた。

 もうじき雨は止むだろう——そう思った。

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