第88話 無尽蔵の力を上回れ

 屍竜の攻撃を回避したリリアは、その場で大きく羽ばたいて宙返り。翼を畳みながら錐もみし、身体の上下を入れ替えた。絶叫マシンやジェットコースター顔負けの曲芸飛行だが、竜騎士の騎乗スキルを身につけた俺の三半規管はビクともしない。


『エイジさん、平気ですか!?』


「ああ、余裕だ! 俺のことは気にするな。全力でいけ!」


『はい!』


 俺への信頼がにじみ出てくる返事に、胸が熱くなった。借り物の能力で粋がっているのは、気恥ずかしくはあったけど。


 風雨を切り裂いてリリアが飛ぶ。遠くから大きな雷鳴が聞こえたが、いまの俺たちはそんなものにひるみはしない。


 飛行スピードは屍竜よりもリリアのほうがだいぶ早いようだった。瞬く間に俺たちは屍竜の背後を取った。


『撃ちます!』


 リリアがあぎとを開く、口腔内に白い光が満ちる。

 光に気がついた屍竜が、旋回して射線を逃れようとしたが——。


「逃がすか! 〈我が内なる力よ、荒れ狂う雷光となれ〉!」


 魔力増幅の腕輪で増幅された〈雷光〉の魔法が屍竜の身体を包み込む!


『グギョルアウアアァァアアアア!!』


「いまだリリア! ぶっ放せ!」


「ピイイィィィィイイイイイイ!」


 リリアの口から、甲高い咆哮と白銀のブレスがほとばしる!

 熱線は屍竜の身体の下半分を吹き飛ばしたが、それでもヤツは動くのをやめなかった。ブレスで灼かれた傷跡が、ボコボコと沸騰するように沸き、漆黒の肉が盛り上がっていく。冗談みたいな生命力だ。


『そんな……全力の一撃だったのに……!』


「まだだ! どんどんぶっ放すぞ! 〈我が内なる力よ、氷の乙女の息吹となりて、の者に永劫の静寂を!〉」


 雷撃があまり効かないのなら、別の方法を試すまでだ!

 俺の放った〈氷結〉の魔法は、屍竜の周囲の大気を凍らせ、再生しかけていた肉の蠢動を押しとどめようとする。

 だが——。


「キシャラアアァァアアアア!!」


 屍竜は身をよじり、鋭い爪の生えた前足で、凍りかけた自分の身体を粉砕した。なんてヤツだ! めちゃくちゃ過ぎる。これが〈終末の竜〉の力か!


「ピャアアァァアアアアア!」


 リリアが再び全力のブレスを吐きかけ、屍竜の首を吹き飛ばした。しかし、ヤツの身体は瞬時にして再生を始めてしまう……!


『こんなの……どうすれば……!』


 二度の全力攻撃をもってもトドメを刺しきれなかったのがショックだったのか、リリアの心の声には苦渋と戸惑いがにじんでいた。俺の足から伝わってくるリリアの体温が、かなり上昇しているように感じられた。


「クソ、無尽蔵の生命力か……!」


 あんなもんに付き合っていたら、俺たちのほうが先に力尽きてしまう……!

 何か策はないのか。無尽蔵の体力に対向するための力。あのバカげた再生能力を上回る、強力な破壊の力があれば……。


「!」


 そのとき、俺の頭に一つの疑念が浮かんだ。


「無尽蔵の、生命力……!」


 さっき屍竜のブレスを喰らいかけたとき、俺は身体にかなりのダメージを負ったはずだ。元から疲労でへろへろだったのに、吹っ飛ばされて身体を強く打った。普通なら、気絶しててもおかしくないはずだ。


 なのに、あのあと俺は元気に立ち上がり、いまもこうやってピンピンして戦っている——何かが不自然だと思った。

 リリアを殺されたと思い込んで、火事場の馬鹿力かアドレナリンの力で復活したんだろうと考えようとしたが、そんなご都合主義なことがあるだろうか?

 明らかに不自然だ。


 ——そう、


 なにか原因があるはずだ——そう思った瞬間、


「まさか!」


俺は自分のマントを跳ね上げて、


「こいつが、俺を回復させていたのか……!」


 俺の胸元には、リリアが吐きだしたのだ。

 思えば、ブレスで吹っ飛ばされたとき、俺はうつぶせで倒れていた。あのとき、服に付着したこの薬が胸に押し当てられ、傷を癒やしてくれたのだろう。

 もし、こいつの効果がまだ残っているのだとしたら——!


「〈コピー&ペースト〉! 俺のうちなる謎の声! 聞こえているか!」


 推測が頭の中で中で固まった瞬間、俺は無意識に叫んでいた。

 俺の呼びかけに、謎の声がいつもの調子で応じる。


『お呼びでしょうか?』


「これからアイテムのコピーを行う! 俺の服に付着した緑色の薬品——こいつの持つ〈回復〉の性質をコピーしろ! できるか!?」


『肉体と薬品の接触を確認しました。薬品の持つ〈超回復〉性質をコピーしました。ペーストする対象を選んでください』


 よし、ここまではOKだ。あとは次の命令が通るかどうか。

 ここが勝負の分かれ目だぞ……!


『ペーストする対象には、あなたの肉体と接触しているものを選択してください』


「対象は——  やれるか!? どうだ!」


 俺は気合いの声を張り上げる!


「俺たちを勝たせろ、〈コピー&ペースト〉! お前の力を見せてみろ!」


 その瞬間——返事を待つ一瞬の間に、俺は全身の細胞が沸き立つのを感じた。

 魔力増幅の腕輪で消耗した体力が、みるみるうちに回復していく——!


了解コピー。以後、あなたの身体に流れるすべての雨水に、〈超回復〉の性質をコピーします』


 ハイテンションな俺とは正反対に、憎らしいほど冷静な声色。


『張本エイジ。わたしは、わたしに出来ることをやりました』


「おお、サンキュー! やるじゃねえか! おーい、リリア! いまから俺たちの体力は無尽蔵だ!」


『エイジさん、何をやったんですか!? 急に身体から力がみなぎって……。って、それより誰と話をしているんですか!?』


「俺の友達だよ。心強い味方さ! 詳しいことはあとで説明する! 行くぞ、最後の仕上げだ!」


『はい! わたしはエイジさんを信じます! そのお友達も!』


 リリアの力強い返事に、俺は小さくうなずく。


『わたしに出来るのはここまでです。あとは、あなたたち次第。勝ってください。それがあなたの役目です』


 俺の頭に響いた声は、心なしか弾んでいるようだった。

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