第82話 アルザードの加護を

「おい、リリア! 目を覚ませ! 死ぬんじゃない!」


 俺は必死にリリアを揺さぶるが、力の抜けた身体は一切の反応を示さなかった。リリアのうつろな瞳から、次第に最後の生気が失われようとしていた。

 何か、何か打つ手はなにのか……! 一瞬でも時間が稼げれば……!


「そうだ!」


 そのとき、一つの可能性に思い当たった。

 俺はポケットをまさぐると、フェルナールから預かった試験管を取り出す。古代遺跡で見つかった、緑色の培養液。瀕死のザックを救った、万能の回復薬だ。

 こいつを使えば、一時的にリリアのHPを元に戻せるかもしれない……!


 俺は震える手でリリアの頭を抱え上げた。そしてもう一方の手で試験管の封を切り、中身をリリアの口に流し込んだ。

 頼む、飲んでくれ……! 間に合ってくれ……!

 薬を口に含んだ瞬間、リリアのHPが僅かに——2まで回復した。だが……。


「ぐ、がぼっ……!」


 リリアは苦しげにうめき、薬を俺の胸に吐き出してしまう。


「冗談だろ……」


 吐き出された薬が、服に染みを作っていく。俺はその様子を、現実感のないものとしてただ呆然と見守るしかなかった。


 なんとかしないと。どうすればいい? そうだ、神官の白魔法なら、一瞬だけでも体力を元に戻せるかも知れない。いや、そんなケチ臭いことを言わず、白魔法をコピーして、もう一回魔力増幅の腕輪で神の奇跡を行使するか? マルセリスには二度とやるなと厳重に釘を刺されたが、別の神なら話を聞いてくれるかも知れない——。


 頭の中をさまざまな考えが通り過ぎていく。

 背中と額にはじっとりとイヤな汗が滲み、胃の奥から痙攣がわき上がってくるのを感じた。急げ、急げ、急げ。早くしないと、リリアが死んでしまう……!


 そうこうしている間にも、リリアのHPは再び1を指し——。


「……イジさん……?」


 その声を聞いたとき、はじめは幻聴かと思った。


「リリア、目が覚めたのか!?」


 慌ててリリアの口元に耳を近づける。


「あ……た………………し……」


 はぁはぁと荒い息に混じって、か細い声が聞こえる——ような気がする。


 もしいま、僅かな時間だけでも意識が戻ったのなら、この機に賭けるほかはなかった。


「リリア。聞いてくれ。これから俺の身体の刻まれたアルザードの力を使って、きみの呪いを解く。正確には、俺の力をきみの呪いに覆いかぶせ、呪いの効果を消すんだ。そのためには、きみの同意が必要だ」


 俺はリリアの手を取り、強く握った。


「きみを救いたい。頼む、俺を信じて返事をしてくれ」


 そう問いかけたとき、気のせいかもしれない——だが、リリアの指が、弱々しい力で俺の手を握り返してきたような気がした。

 もはや一刻の猶予もない。俺はリリアが同意してくれたことを願いながら、心中で〈コピー&ペースト〉に指示を出す。


(〈女神の加護(アルザード)=10〉をコピー、〈夭折の呪い=9〉に上書きしろ!)

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