第81話 バロワ市街地の激闘
「リリア、しっかりしろ! 聞こえるか!?」
大声で呼びかけるが、リリアはうんともすんとも言わない。
唇からはき出される息は絶え絶えで、半開きになった目はどこか遠くを見ているようだった。
「死ぬな、死ぬんじゃない!」
だが、俺の必死の呼びかけを嘲笑うかのように、ステータス画面に表示されたリリアのHPが4から3に減少した。
「リリア!」
「エイジ殿!」
急に肩を掴まれた。ジーヴェンさんだった。
「リリア様を安全な場所までお連れください」
ジーヴェンさんは険しい表情で俺の顔を覗き込みながら、有無を言わせぬ口調で言った。
「この南門は、私が死守してご覧にいれます」
無茶だ。
俺が張った光のカーテンの効果は、もうじき切れる。いかにジーヴェンさんの腕が優れているとはいえ、門から押し寄せる魔獣を押しとどめられるとは思えない……!
「見くびっていただいては困りますな」
しかし、ジーヴェンさんは俺の心を見透かしたかのように笑った。
「このジーヴェン、先王陛下に寄り添って危地を駆け抜けたこと、一度や二度ではございませぬ。この程度の敵など、いかほどでありましょうや。リリア様が守ると誓った南門、この身に代えても守り切ってみせましょうぞ!」
そう一気に言い切ると、ジーヴェンさんは俺に背を向けた。
「待つんだ!」
ジーヴェンさんは俺の制止を聞かず、「頼みましたぞ!」と鋭く言い放つと、門から溢れ来る魔獣の群れへと身を躍らせた。
「クッ……! リリアを連れて行ったらすぐ戻るから、それまで死ぬなよ!」
ジーヴェンさんがここで死ねば、リリアはたとえ生き残ったとしても、心に深い傷を負うだろう。そんなのはごめんだ。
俺はリリアの身体を背負うと、大通りを全力疾走で引き返した。
目指すは、この街でもっとも安全な場所の一つ——多くの冒険者たちに守らている、〈満月の微笑亭〉である。
☆ ☆ ☆
バリケードを回避し、裏道を抜け、俺は無我夢中で走る。
市街地にはすでに多くの魔獣が侵入しているようだった。あちこちから争う物音や、怒号が聞こえてきた。
裏道をひた走る俺の目の前に、人型の魔獣が姿を現した。
「ギャルルルオオオオ!」
「邪魔だ、消えろ!」
俺と鉢合わせて、威嚇の声を上げようとした魔獣を走りながら剣で斬り裂く。
こんなやつに構っている暇はない。こうしている間にも、ステータス画面に表示されたリリアのHPは減少していっている。残りは2。
「ハァ、ハァ……! もう少しだ……!」
やっと〈満月の微笑亭〉が見えてきた。店の前では、複数の冒険者や神官戦士たちがキメラタイプの魔獣と対峙していた。その中には、戦闘槌を構えた満月さんや、短剣を手にしたジールの姿もあった。
彼らの足下には、黒い塵が飛び散っている。すでにかなりの数の敵を倒しているのだろう。
「グルオオオオ!」
近づいてくる俺に気付いたキメラが、こちらに向かって吼えた。
「よそ見してんじゃねえぞ、バケモンが!」
その隙をついて、ジールが短剣を投げた。
短剣はキメラの頭部に突き刺さったが、魔獣は痛痒を感じた素振りすら見せず、ジールのほうに向き直った。
「ゴルァアア!」
「なんでえ、やんのかコノヤロー!!」
キメラの後ろ足に力がこもる。
魔獣がいまにもジールに飛びかかろうとした瞬間——建物の影から大きな影が飛び出してきて、キメラの首に噛みついた。
「あれは……!」
飛び出してきたのは、小山ほどはありそうな、毛むくじゃらの獣だった。
突然の闖入劇に、俺は一瞬言葉を失ったが、やがて援軍の正体に気がついた。
「ウォルフか!」
身体の大きさこそ変わっているが、それは間違いなくバーバラさんの使い魔——ウォルフだった。ただの犬っころじゃないとは思っていたが、これが真の姿だったって分けか。
「グシュルルル!」
ウォルフは前足でキメラの身体を押さえつけ、顎に力を込めた。バキバキと骨を砕く音が辺りに響き、キメラの身体が黒い霧と化して四散する。
脅威が去ったことを確認した冒険者たちが、安堵した様子を見せた。
「エイジ! 無事だったのかよ!」
俺の姿に気がついたジールがこちらに駆け寄ろうとしたが、俺に背負われたリリアの姿を見てギョッとしたように顔を引きつらせる。
「リ、リリアさん! どうしたんだよ! ケガしてんのか!?」
「説明はあとだ! 中に入れてくれ。手当をする」
〈満月の微笑亭〉の中に足を踏み入れると、一階はさながら野戦病院のようだった。ケガを負った冒険者たちがそこかしこに
その間を縫うように、店員たちが忙しく駆け回り、手当をして回っていた。
「酷い有様だろう。だが幸い、うちじゃまだ死人は出ていない」
呆然として立ち尽くしていると、背中から満月さんの声がした。
「リリアちゃんの手当が必要なんだろう。どれ」
満月さんは俺の背中からリリアを担ぎ上げると、床に下ろした。
「ケガはしていないようだが、熱がすごいな。病気かい……?」
「そんなところだ」
詳しい説明をしている暇はない。
俺は満月さんの手を借りて、リリアの身体を床に横たえた。
リリアの額に手を当て、ステータス画面を呼び出す。〈夭折の呪い〉は未だに禍々しく点滅を続け、リリアのHPは残り1まで減少していた。
リリアを救うために残された唯一の手段。
それは〈コピー&ペースト〉で、〈夭折の呪い〉に別のスキルを上書きするほかになかった。
俺はリリアに触れたまま、心の中で呟く。
(俺の特殊スキル〈女神の加護(アルザード)=10〉をコピーし、リリアの〈夭折の呪い=9〉に上書きしろ)
しかし、返ってきたのは非情な答えだった。
『出来ません』
「なぜだ!」
思わず声が出てしまい、満月さんとジールが怪訝そうに俺を見た。
『以前にご説明したとおり、スキルの上書きを実行するには、対象の同意が必要です。対象が意識を失っている状態では、上書きを実行できません』
ウソだろ……! おい!
「リリア! 目を覚ませ、返事をしろ!」
俺はリリアの身体を揺さぶり、頬を叩き、耳元で声を上げた。
しかし、リリアが俺の呼び声に答えることはなく——リリアのHPが、ついに1から0へと変化した。
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