第80話 夭折の呪いレベル9

「ここは通しません!」


 浮き足だって右往左往しかけていた兵士たちを正気に戻したのは、リリアの凜とした声だった。


「せいッ!」


 気合いの声とともに銀の閃光が煌めき、門の隙間を突破してきた魔獣たちを切り裂いていく。


「門はわたしたちが守ります! みなさんは、壁を越えてきた魔獣を押さえてください!」


「お、おう!」「分かった!」「任せろ!」


 やっと兵士たちが冷静さを取り戻した。だが、こんな状況がいつまでも続くとは思えない。

 それに、一番厄介な問題がまだ残っているのだ。


「フェルナール……」


 上空の戦いは、いまだに決着がついていなかった。


 漆黒の影で身を覆った屍竜と、フェルナールが操る真紅の竜は、ブレスを吐き合いながら街へと近づいてくる。さきほどまでは、距離が遠かったせいで、互いにミニチュアサイズに見えたが、いまになって、やっと両者の大きさの違いが分かってきた。

 屍竜の大きさは、フェルナールの竜に比べると、二倍以上あるように見える。


 フェルナールの竜は、屍竜を街に近づけまいとするように、細かく動き回りながら炎を浴びせかけている。しかし、大雨が炎の勢いを削いでいるのもあってか、あまりダメージを与えられていないようだ。

 屍竜の攻撃は鈍重で、フェルナールの竜に攻撃を当てられていない。表面的には両者拮抗という状況だが、バロワを守らなければいけないフェルナールのほうが、不利と言えるだろう。

 フェルナールの竜が地面に向かって火を吐くのが見えた。どうやら、屍竜と戦いながら地上の魔獣を減らしてくれているらしい。


 俺の黒魔法の射程圏内に入ってくれれば、多少の援護は出来るかもしれない。魔力増幅の腕輪で強化した魔法なら、それなりにダメージを与えられそうではある。

 だが、そこまで近づかれてしまえば、竜同士の戦いで街に被害が出るのは必定だ。できれば、それまでに何か手を打ちたいところだが……。


「クソ……っ!」


 考えたところで、妙案は浮かばない。

 いまの俺にできるのは、剣と魔法で手近な魔獣を片付けることぐらいだろう。


 俺は市街地に侵入しようと魔獣に向けて、〈光の矢〉を放つ。矢は四足獣型の魔獣の胴体に命中し、魔獣は黒い霧となって爆散した。

 いまはなんとか魔獣の侵攻を水際で食い止めているが、このままだとジリ貧だ……!


 そのとき、門の周辺にいた兵士たちから、悲鳴に似たざわめきが上がった。


「どうした、何があった!?」


 振り返るとそこには、俺にとっては最悪と言える光景があった。


「リリア……?」


 はじめは自分の目が信じられなかった。

 しかし、目の前で起きていることは幻でも見間違いでもない……!


 リリアが、うつぶせの状態で地面に倒れていた。


 右手に剣を握ったままだが、身体からは力が失われ、ぐったりとしたまま動かない……!

 門の隙間から這い出してきた四足獣型の魔獣が、動かないリリアめがけて走りだそうとしていた。


「リリア様!」


 ジーヴェンさんが異変に気付き、悲鳴に似た叫びを上げた。


「〈ここに集え、叡智の光。光の矢となりて敵を撃て〉!」


 俺の放った〈光の矢〉が魔獣を撃つ。

 魔獣が不快な悲鳴をあげてひるむ。リリアに駆け寄ったジーヴェンさんが続けざまに高速の剣撃を繰り出し、魔獣を塵へと変えた。間一髪だ。


「リリア様、いかがなされました!?」


「おい、リリア! どうした!?」


 俺とジーヴェンさんが駆け寄って声をかけたが、リリアはピクリとも動かない。


「失礼!」


 ジーヴェンさんがリリアの身体を抱え起こし、顔を上に向けさせた。


「これは……!」


 リリアの顔が、真っ赤に上気している。吐く息は荒く、目の焦点が定まっていない。


「おい、しっかりしろ!」


 リリアの額に触れると、異様な熱があった。

 俺は即座に〈コピー&ペースト〉を発動し、リリアのステータスを確認する。


**************************

対象=リリアーネ・フローネア・ハリア


▽基礎能力値

器用度=19 敏捷度=21

知力=17 筋力=16

HP=4/16 MP=19/19


▽基本スキル

ハリア王国式剣術=7 パルネリア共通語=5

隠密=3 罠技術=1 武具鑑定=1 宝物鑑定=1

ハリア王国式儀礼=4 


▽特殊スキル

騎士の誓い=6 神聖竜の血統=5(固定)

淫蕩の呪い=4 不妊の呪い=10

夭折の呪い=9 不運の呪い=2

フローネアの記憶=3 竜の加護=5


※スキル【コピー&ペースト】のレベルが足りないため、補正能力値、限界能力値、中級スキル、上級スキルの表示、およびコピーはできません。

**************************


 これまで伏せられてきた、リリアの特殊スキル。

 そのすべてがついに表示されていた。

 だが、それよりも俺の目を引いたのは、真っ赤に点滅を繰り返す既存のスキルだった。


 数ある呪いの中でも、もっとも危険そうに見えた〈夭折の呪い〉……。知らぬ間にレベルが8から9へと上がっていたこのスキルが、真っ赤に光輝いていたのだ……。

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