第77話 街の南門を死守せよ
その後、俺は〈満月の微笑亭〉に戻った。一階では、女性や戦えない男たちが、せっせと木を削って矢を作ったり、古い武器の手入れなどをしていた。厨房では湯を沸かしたり、食事を作ったりしているらしい。
俺はその様子を横目に見ながら、二階へと上がった。
子供たちの集まった客間では、リリアが無理に明るい笑顔を作りながら話をしていた。子供たちはやはり外の様子が気になるようで、落ち着かない様子だ。
お願いだから、パニックにはならないでくれよ——俺はそう祈りながら、子供たちの輪の中に入り、くだらない冗談を言ったりした。
しかし、そんなことで子供たちの不安は治まろうはずもない。俺だって不安なのだ。外から響いてくる雷鳴と
「エイジくん、リリアちゃん、ちょっと良いかな」
そんな折、満月さんが二階にやってきた。
こっちに来いと手招きしているしている。ついにこの時が来たか。
「どうもどうも、なんだい?」
俺は明るく振る舞いながら、満月さんの身体を子供たちから見えない場所へと押しやり、彼の口元に耳を近づける。
「南北の城門が同時に破られそうになっているようだ。想像以上に魔獣たちが手強く、数が多い」
「両方はまずいな」
「ああ。北にはザックとイリーナ、マルセリスの神殿兵士たちが向かった」
「俺たちは南に行こう」
「たのむ」
俺たちがやりとりを終えようとしたとき、部屋の中から子供のすすり泣く声が聞こえてきた。
声の主はマリィだった。まずい。このまま俺が出て行くと、この部屋を覆っている不安が増殖してしまいかねない……。
「マリィちゃん、泣かないで」
リリアが慌てて駆け寄ったが、マリィは泣き止む様子を見せなかった。
そのときだった。
「おい、なにめそめそしてんだよ。大丈夫だってーの。なぁ、エイジ」
ジールがマリィに近寄り、マリィの頭を両腕で抱きしめた。
「いまからリリアさんとエイジが悪いやつをやっつけて来るからよ。だから安心しろよ。もし、エイジが負けそうになっても、おいらが助けにいってやる。オイラはこう見えても、エイジよりも強えからな」
「本当?」
「ああ、本当だ。ジールは俺より強いよ。なあ、リリア」
「は、はい! もちろんです!」
「じゃあ、俺とリリアはちゃちゃっとお手伝いに行ってくるから、おとなしく待ってるんだぞ」
「分かった……待ってる……」
ジールが俺に「いけ」と言うように顎をしゃくって見せた。俺たちが去るところを見れば、マリィはまた不安になるだろう、ってことか。
リリアが小声で「急ぎましょう」と言った。
「うっし、じゃあジール、あとは頼んだわ」
「おう、まかせろって」
☆ ☆ ☆
俺はリリアとジーヴェルさんの二人を伴って、〈満月の微笑亭〉の階段を下りた。一階で武器の手入れをしていた人に声をかけ、剣を一本借り受ける。
炎の剣は絶大な攻撃力を持つが、燃費が良くない。どれだけ長期戦になるか分からない状況で、使いたくはなかった。
ついでに雨よけのためのフード付きマントも借り受け、俺とリリアは南門へと向かった。
雨足はますます強くなっている。足下がぬかるんで、移動するだけで足裏から体力を吸い取られていくように感じた。予想以上に、弱った身体に響く。
「やむをえないな」
俺はフェルナールから受け取ったガラスの試験管を取り出すと、一気に中身を呷った。名状しがたい強烈な匂いが鼻孔に抜け、それと同時に身体に力がわき上がってくるのを感じた。
自分の胸に手を当て、ステータスを確認すると、過労によるペナルティはすっかり消えたようだった。致命傷さえ治癒する魔法の水だ。本当は二本ともあとまで取っておきたかったが、仕方がない。
やがて南門が見えてきた。
壁の上では、兵士たちが弓や槍、大きな石を手にして、壁を登ってくる魔獣と戦っている。
一人の兵士が、足を滑らせて壁から転落した。その隙を突くように、奇妙な姿の敵が壁を這い上がってくるのが見えた。それは全身を黒タイツで覆ったような、人間型の魔獣だった。身長は二メートル以上ありそうで、手足が異常に長い。
そいつは壁の上までよじ登ると、めちゃくちゃに腕を振り回した。何人かの兵士がなぎ倒される。
このままでは、魔獣が壁内に侵入するのは時間の問題に見えた。
だが、そうはさせない。
「〈ここに集え、叡智の光。光の矢となりて敵を撃て〉!」
俺は走りながら精神を整え、バーバラさんが渡してくれた紙にあった古代語の呪文を口ずさむ。呪文の完成とともに、頭の上のあたりに、青く輝く光の矢が出現した。
「ゆけ!」
俺が魔獣に向けて人差し指を伸ばすと、黒魔法で作られた魔力の矢は風雨を切り裂いて飛んでいった。
「グオオオッ……!」
矢は魔獣の額に突き刺さり、やつは身をよじらせて苦悶の叫びをあげた。そして足下をふらつかせながら、壁の外へと落下していく。
壁上の兵士たちは、その隙に体勢をたて直した。
しかし、ほっとしたのも束の間、城門が大きな音を立てて揺れた。何者かが外側から強烈な体当たりを仕掛けているのだ。頑丈な木の
「破られるぞ!」
誰かが叫んだ。と同時に閂がはじけ飛び、門扉の金具も吹き飛んだ。
「南門、突破されました!」
門に近い物見櫓にいた兵士がそう叫び、早鐘を打ち鳴らしながら、旗で各所に信号を送った。
破壊された門の向こう側には、俺たちが遺跡で対峙したキメラの姿が見えた。その背後には、さまざまな姿をした魔獣の影が無数に見える。
「構え、撃て!」
門の内側に防柵を作って待機していた兵士たちが弓を引き絞り、キメラに矢の雨を浴びせかけた。数十本の矢がキメラの身体に突き刺さったが、怪物はいささかの痛痒も感じていないようだった。
「ウグルオオオオオ!」
キメラは咆哮をあげながら、門の中へと歩を進めた。
そのとき、バシッと弾かれたような音が鳴り、キメラの体表に焦げ目のようなものができた。バーバラさんが張っている防御陣の効果だろう。弓矢よりはダメージを与えているように見えるが、キメラの歩みは止まらない。
柵の内側から兵士たちが長槍を突きだすが、キメラの前足で払うように、槍の穂先をはじき飛ばす。
キメラの背後にいた魔獣たちが、門へと殺到した。
まずい! 兵士たちが使っている通常の武器は、大型の魔獣に致命的なダメージを与えられない。このままでは突破される!
「〈踊れ踊れよ、始原の炎。猛り猛りていざ爆ぜよ〉!」
こうなれば、黒魔法二連発だ。
呪文を唱えると、掌に小さな炎の球が出現した。音を立てて降り注ぐ雨が、火球に触れては瞬く間に蒸発していく。
「伏せろ!」
俺は叫ぶと同時に、オーバースローの要領で、火球を門の向こう側に投げつけた。
着弾、閃光、轟音。
目を灼くほどの強い光と、内臓を揺らすほどの衝撃が辺り一帯を包んだ。
爆発する火炎が空気を巻き上げ、身につけたいたマントがまくれ上がる。
炎の直撃を受けた魔獣たちの身体が、燃えながら宙を舞い、別の魔獣たちを巻き込むようにして吹き飛んでいく。
これで門の外にたむろしていた魔獣はあらかた片付けた。一時的に敵の侵入は防げるだろう。
しかし、厄介なのが一匹残っている——壁の内側に侵入したキメラだ。
「ウギャオオアアアアルル!」
爆炎を背中に浴びて、身体の後ろ半分は消し炭になりかけていたが、それでも魔獣は憎悪の叫びをあげ、兵士たちに襲いかかろうとした。
「みなさんは下がってください! わたしたちが相手をします!」
凄惨たる戦場に、凜とした美声が響いた。
「せやあああああああ!」
「ぬん!」
抜剣したリリアとジーヴェンさんが、防柵から身を躍らせ、空中からキメラに斬りかかった。
二条の閃光が走り、二つあるキメラの首がゴロンと地面に転がる。
だが恐るべきことに、キメラの身体は首を失ってもまだ動き続けた。
「リリア様、油断召されるな!」
叱咤の声とともに、ジーヴェンさんが目にもとまらぬ早さで剣を振るう。
キメラの身体が文字通り八つ裂きになり、力を失って地面に倒れた。
これで周囲から敵の姿が一掃された。
俺は壊れた門の真下まで走り、ゴルフボール大の金属球——遺跡でも使用した魔道具を設置した。
「〈弱き者を護れ、光の衣〉」
金属球を中心に、魔力で作られた光のカーテンが広がる。門をすべてカバーすることはできないが、これで大型魔獣の侵入はいったん防げる。隙間から入ってくる小型の魔獣なら、兵士たちの弓矢や槍でも十分に対処できるはずだ。
光のカーテンの持続時間は約三十分。姑息な時間稼ぎだが、門の修理が困難な以上、こういう苦肉の策を用いるほかはない。
額に浮いた汗をぬぐい、門の向こう側に目をやると、地平の彼方から何百——いや、何千かもしれない——もの魔獣が押し寄せてくるのが見えた。
果たして、俺たちが力尽きる前に、援軍は来るのだろうか? たとえ急ごしらえの援軍が来たところで、魔獣たちを駆逐することは可能なのか……?
イヤな想像が頭を駆け巡る。
いまのところ、もっとも期待できるのはフェルナールだ。
フェルナールが、南の山に出現した屍の竜を倒し、戻ってきてくれれば……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます