第76話 雨中のバロワ籠城戦

 その後、俺たちは二階の客間を見て回った。各部屋には、老人や年寄り、子供や、身体の弱い人たちが、肩を寄せ合って座っていた。


 子供たちが多く集まった部屋には、見知った顔がたくさんいた。


「あ、エイジせんせい、リリアせんせい!」


 そう言って駆け寄ってきたのは、青空学級の常連マリィだった。級長格のロウミィをはじめ、ほかの生徒たちもいる。


「ねえ、せんせい。マリィたちどうなっちゃうの……?」


 マリィは慣れない環境に、不安げな様子を見せていた。

 そりゃそうだ。小さい子が突然こんなところに放り込まれりゃ、心細くもなるもんだ。子供たちを不安にさせてはいけないと、俺はつとめて明るく接することにした。


「どうにもならないさ。この街は大勢の人が守っている。俺やリリアがもな」


「そうよ、マリィちゃん。だから、しばらく良い子にしていてね」


 リリアはその場に座り込み、マリィと視線を合わせながら言った。


「うん、分かった!」


 マリィは、はにかんだような笑顔を浮かべた。


「よーし、良い子だ。もし何かあったら、ロウミィや、あそこにいるお姉ちゃんの言うことを聞くんだぞ」


「あそこの、お姉ちゃん?」


「なんだよ、エイジ。おいらに面倒押しつけんなよ」


 俺が指さした先にいたのは、ぶっきらぼうな少女——もといジールである。どうやら着替えは間に合わなかったらしい。女の子の服装のままだった。

 ジールの周囲には、彼女に寄りかかるようにして幼い子供たちが集まっていた。


「その子たちが、お前の弟や妹か」


「そうだよ。何か文句あんのか」


 即答が帰ってきたが、みんな顔があまり似ていない。そのことから、俺は何らかの事情を察した。


「いや。仲の良さそうな家族だと思っただけだ」


「あ、当たり前だろ! バカ!」


 ジールはまんざらでもなさそうな顔をして、そっぽを向いた。


「あのさ、ジール。いつかその子たちも連れて、俺たちの学校に来ないか?」


 俺が聞くと、ジールは意外そうな顔で俺を見た。


「良いのかよ。だっておいらたち……」


「金は取ってない。安心しろ」


「でも、迷惑じゃないのか。あ! エイジのことは心配してねえからな! リリアさんに迷惑じゃないかって……」


「迷惑じゃないわよ」


 リリアがジールの言葉を遮って、ジールの弟や妹たち——おそらくは孤児なのだろう——に笑いかけた。


「いつでもいらっしゃい」


「遠慮しなくていい。この街の偉い人が、俺たちの学校を支援してくれると言っている。うまくいけば、みんなが楽しく学べる、立派な校舎をもらえるかもしれない。どうだ?」


 ジールの弟や妹たちが、興味深げな様子で俺とリリア、ジールの顔を見比べた。


「ん……まぁ、考えとくよ」


「そうかい。ありがとよ」


 そのとき、部屋の鎧戸の向こうから、大気を揺るがす大きな声が聞こえてきた。

 屋外に目をやると、武器を持った兵士たちが街の門から入ってくるのが見えた。退却してきた領主の兵たちが、街に入ってきたのだ。それはつまり、敵の一軍が近くまで来ていることを意味していた。

 緊張で喉がひりつくのを感じた。


「リリア、悪い。ちょっと水飲んでくるから、みんなの面倒を見ててくれ」


「はい、まかせてください!」


 俺は宿の外まで出ると、通りや街の様子を見に出歩いた。

 バロワに入ってきた兵士たちは、雨の中、次々と門の周辺に配備されていっている。街を取り囲む壁の上には、弓兵隊の姿があった。

 街中の警護に当たっているのはは、冒険者や各神殿で訓練を積んだ聖職者たちだ。


「開門、開門!」


 街の門が開き、兵士たちがなだれ込んでくる。さきほどまで魔獣と戦っていたのだろう。けが人が多いようだった。


「これで最後の部隊だ! 門を閉めろ! もうすぐ敵が来るぞ! 援軍が来るまで持ちこたえ——!」


 誰かの叫びを、天に轟く雷鳴がかき消した。

 それが戦いの合図となったように、壁上の弓兵隊が矢を構えるのが見えた。


 天からしたたり落ちる雨と、身の奥からわき起こる不安が、俺の身体から活力を奪っていく気がした。

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