第75話 バロワの人々の戦い
バロワの街では、兵士や一般市民たちが入り乱れて走り回っていた。あちこちで、兵士が大声で指示を出している。
周辺の村々に住む人もバロワに逃げ込んでいるようで、街中はまるで祭りの日のような混雑ぶりだった。
〈満月の微笑亭〉のある中央大通りまで出ると、通りの一角にバリケードのようなものができようとしていた。街に侵入された場合に備え、大きな通りいつでも塞げるようにしておこうという考えだろう。
「おーい、先生、姫サン、あっちだ、あっちから回ってくれ!」
バリケードの向こう側に、印象的な赤毛が見えた。イリーナだ。
俺たちはバリケードを迂回し、裏道を通って〈満月の微笑亭〉へと駆け込んだ。
宿の一階は、武器を携帯した冒険者たちでごった返していた。
「おら! お前ら、ちゃんと並べ! これから班分けをするぞ。お前らは班長の指示にしたがって、街の各所で警戒に当たるんだ。持ち場を守って、交代しながら見張るんだぞ! 兵隊さんたちが突破されてからが俺たちの戦いだ! 迂闊に動くんじゃねえぞ、分かったな! 戦いが苦手で班分けからあぶれたヤツは、外に出て防柵を造りを手伝うんだ!」
店の奥の方で、木箱の上に立ったザックが大声を張り上げていた。
浮き足立っているほかの冒険者たちは違い、態度に自信が窺えた。さすがは元傭兵だ。
「やれやれ、困ったねえ困ったねえ。おや、いらっしゃい。エイジくん、リリアちゃん、そして見知らぬご老人。今日は少し慌ただしいが、ゆっくりしていってくれ」
カウンターの中では、満月さんが紙の上にペンを走らせていた。満月さんが一枚書き終わると、店員がそれを店の壁に貼りだしていく。どうやら、バリケードの設置場所や移動経路を記しているらしい。
「よーし、野郎ども! そんじゃ第一陣、配置に付け! 抜かるなよ!」
指示出しが終えると、ザックは俺たちのほうに手を振りながらやってきた。
「よう、センセ! 今日は一段と辛気くせえ顔してんな!」
「ザック、俺たちに手伝えることはあるか?」
「ねえよ。半病人に、姫さんに、爺さんじゃねえか。あんたらは二階に行って避難してきたガキどもの相手でもしててくれや」
「わたしは戦えます!」
軽口を叩くザックに、リリアが詰め寄った。
ザックは苦笑いすると、大きな手でリリアの肩を叩いた。
「分かってるよ、そんなもん。どうせそっちの爺さんもバカみてえに強ぇんだろ? 足運び見ただけでわかるぜ。あんたたちは、うちの街の切り札だ。普通の連中じゃ歯が立たねえバケモンが出てきたら、そっちで戦ってもらう。それまではチビどもの面倒でも見ててくれや。チビどもが泣き出しでもしたら、うちのアホウどもがますます浮き足立っちまうからよ!」
「リリア、ジーヴェンさん、それでいいな?」
「そ、そういうことなら!」
「承知いたしました」
リリアたちが答えたとき、宿の入り口の扉がゆっくり開く音がした。
「〈満月の微笑亭〉は、ここで良かったかしらねえ。いやねえ、年を取ると目は見えないし、物忘れは激しくなるし」
「バーバラさん!」
「おや、エイジさん。お隣にいるのはリリアちゃんね」
そこに立っていたのは、愛犬のウォルフを連れたバーバラさんだった。
ウォルフは、口に大きな袋をくわえている。
「やっぱりここにいたのね」
「すみません、街に帰ってきてから挨拶もできてなくて」
「いいのよ。あの道具、役に立ったかしら?」
「はい。お借りした魔道具のおかげで命拾いしましたし、友達も救えました」
バーバラさんは満足そうに「それは良かったわねえ」と笑った。
「あと、あの魔道具はあなたにあげたものだから、これからも好きに使って良いのよ」
「いや、さすがにそれは……」
バーバラさんは俺の言葉を無視すると、「どっこいしょ」とウォルフの下げていた袋を受け取った。
「店員さん。人が多いところで悪いんですけどねえ、狭くても良いので、どこか音の響きにくい、集中しやすい場所をお借りできないかしら?」
バーバラさんがカウンターに向けて話しかけると、満月さんは下を向いて書き物をしながら応じた。
「少し埃っぽいけど、二階の小さな倉庫が空いてるから好きに使ってください」
「はい、ありがとう。じゃあウォルフ。準備を頼んだわね。街の周りの、目に付かない場所に埋めてくるのよ。全部で八カ所。わかった?」
バーバラさんは袋の中から小さな球を取りだし、ウォルフに見せた。
「ワン!」
ウォルフ元気よく返事をすると、バーバラさんから袋を受け取り直し、店の外へと駆け出して行った。
「ウォルフ、急いでね。それじゃあ、私は二階に上がるわ」
ウォルフが去ると、バーバラさんは怪しい足取りで階段に向かおうとした。
「待ってください!」
リリアが慌ててバーバラさんの手を取り、足下に気を付けながら二階へと導いていく。視覚を共有している使い魔のウォルフがいなければ、バーバラさんの視力は全盲とそう変わりはないのだ。
俺もバーバラさんに駆け寄り、リリアと挟み込むようにして、二階へと連れて行った。
空き部屋の倉庫に入ると、バーバラさんは「あー、疲れた」と言いながら床に腰を下ろした。
「バーバラさん、なにをするつもりですか」
「街の周囲に、防護陣を張るのよ。効果はそんなに強くないけど、魔獣の力を削ぐことが出来るの。外からの魔法攻撃も、弱めることが出来るわ。術の間は集中してないといけないし、下準備がいるから、こんなときにしか使えない魔法ね」
そう言うと、バーバラさんは「あら、いけない。忘れるところだったわ」と懐に手を入れ、何枚かの紙切れを俺に差し出した。
「これは……?」
何かの本のページを破いてきたものらしかった。紙には古代語の文字が並んでおり、パッと読んだ感じ、歌詞のような文章に見えた。
「黒魔法の呪文よ。あなたなら使えるかと思って。どうかしら?」
俺はバーバラさんの意図を把握した。
古代語を用いる黒魔法は、神の奇跡たる白魔法とは異なり、厳密な技術体系が存在する。
黒魔法の基本的な流れをシンプルに言うと、まず精神統一と魔力操作により体内の魔力を高め、その後に特定の合言葉を用いて、高めた魔力を特定の型に「切り出す」。
強引にお菓子作りにたとえるなら、魔力を高める部分がクッキーの生地作り、合言葉が型抜きに相当する。
俺の〈コピー&ペースト〉は、無意識や本能で動いてる部分の技術はかなりの精度で模倣できるが、意識が必要な部分までは読み取ってくれないようなのだ。
たぶんバーバラさんは持ち前の観察眼で、俺の能力の性質に気付いたのだろう。だから知識の部分を補うために、呪文を書いた紙を持ってきてくれたというわけだ。
「……ありがたくお借りします」
俺は紙を受け取りながらバーバラさんの手を取った。〈コピー&ペースト〉でステータスをサーチし、〈黒魔術=7〉を空きスロットに貼り付ける。
「はい。それじゃあ、あなたたちはここから出て行ってくださいな。集中が乱れると、魔法が解けてしまうから」
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