第74話 黒き魔獣たちの襲来

「敵とはなんだ。正体は分かっているのか?」


 俺が尋ねると、フェルナールは小さくうなずいた。


「きみたちが戦った合成魔獣の大軍が、あちこちの遺跡から湧いて出た。バロワを包囲するように進軍中だ」


「なんだって!?」


 バロワの周辺には、多くの古代遺跡が眠っていると言われている。魔獣の研究施設は、ほかにたくさんあってもおかしくない。だが……。


「急報を聞いた父上が軍を率いて対応にあたっているが、数が多すぎて押されている。父は精鋭部隊に命じて敵陣を突破させ、近隣各地の領主に援軍を要請。同時に軍をバロワに集結させ、籠城戦で迎え撃つつもりだ」


「守り切れるのか?」


「分からない。だが、軍を集めなければバロワが敵に蹂躙される。我々は民を守る義務がある。見殺しにはできない」


「フェルナール、きみの飛竜ならそいつらを一網打尽にできるんじゃないのか?」


 竜騎士が操る竜は、一日で都市一つを焼け野原にできるという。無責任な話だが、フェルナールに戦ってもらうのが一番確実に思えた。

 しかし、フェルナールは苦渋の面持ちで首を横に振った。


「できない」


「どうしてだ」


「私には、ほかに戦わなければいけない相手がいるからだ。


「竜だって!?」


「ああ。ルアーユ教徒どもは、やはり〈真なる竜〉の肉体を完成させていた。やつらめ、南の山に眠る竜の遺体を掘り起こし、それを合成魔獣の材料にしていたらしい。クソッ!」


 フェルナールが掌に拳を打ち付ける。


「……本当かよ」


「本当だ。この目で見たからな。さきほど南の山の遺跡を突き破って、何かが姿を現したという報告をうけた。現場を見にいったら、確かにいたんだ。真っ黒い影を身体に貼り付かせた竜がな。まだ頭しか姿を見せていないが、あれはじきに空へと飛び立つだろう」


 フェルナールがずぶ濡れなのは、それが理由だったのか……。


。私が戦わなければならない。幸いなことに、あの竜からは深い知性を感じなかった。あれは魂を持たず、破壊衝動のままに暴れ回るだけの怪物だ。ならば私が倒してみせる」


 遠くで早鐘が打ち鳴らされる音がした。「急げ!」と誰かが叫ぶ声がする。


「俺たちは……どうすればいい?」


「一般市民は、壁内に侵入されたときに備え、大きな建物に避難させる。武器を扱える者は、各神殿や冒険者の宿に集まって待機せよと通達されるはずだ。きみたちは〈満月の微笑亭〉に迎え」


 そこまで言ったところで、フェルナールは突然俺に顔を近づけると、声を潜めて耳元で囁いた。


「もしバロワが落とされそうになったら、エイジとジーヴェン殿は、リリア様を守って脱出しろ。足手まといのいないきみたち三人だけなら、包囲を突破して逃げられるはずだ。頼んだぞ」


 フェルナールはそう言うやいなや、俺の上着のポケットに何かをねじ込んだ。そしてきびすを返し、走り去っていった。


「お、おい! ちょっと待てよ!」


 小さくなっていくフェルナールの後ろ姿を見送ると、俺はポケットの中にねじ込まれたものを取り出した。

 中に入っていたのは試験管が二本。緑色の液体が、ガラス容器の中で揺れる。あの遺跡で発見された培養液だった。ザックの命を救った魔法の水だ。いざというときに使え、ということだろう。


 俺は試験管をポケットにしまい、後ろを振り返った。

 そこには、強い目つきで拳を握りしめるリリアの姿があった。


「エイジさん、〈満月の微笑亭〉に向かいましょう」


「ああ……。行こう」


 こうして俺たちは〈満月の微笑亭〉へと向かった。

 雨の中を走る間、俺の脳裏には、バウバロスが今際いまわに残した言葉がフラッシュバックし続けてた。


 ——汝らの道行きに、呪いと苦痛のあらんことを……。汝らの住処すみかに、汚辱おじょくと破滅がもたらされんことを!

 ——おお、我が神よ……! いま御身の元に参りまする……! 〈闇の手よ。我が身と心を喰らい、神の御許へ!〉


 なぜ魔獣たちがバロワに向かってきているのかは分からない。だが、俺はルアーユのもとへと召されたバウバロスの哄笑を聞いた気がした。

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