第32話 炎を吹き上げる村落
バーバラさんの家を辞去すると、俺は青空学級の生徒たちの家に向かった。
全員の家を回ることは出来ないので、年長の子供のいる家を中心に回り、俺たちがしばらく不在にすることを伝える。ついでに、俺たちが不在の間、代わりに年少の子に勉強を教えるように指示を出した。
「エイジ先生、怖くないの?」
駆け足の家庭訪問の際、そう聞いてきたのは年長組のロウミィだった。商家の娘で、生徒たちの中では一番勉強が出来るし、気も利く。
「そうだなぁ……」
遺跡に行くのが怖いか怖くないかと聞かれれば、当然怖いに決まっている。腕利きの連中が行方不明になっているのだ。
いくらリリアの腕が立ち、俺がスキルでそれをコピーしているからといって、身の安全が保証されているわけでもない。
しかし、恐れていても事態は悪くなるだけだ。
俺が止めてもリリアは一人で遺跡に向かうだろう。そしてリリアにもしものことがあれば、俺は一生後悔する。もちろん、ザックとイリーナ、スレンの弟を見殺しにするのもまっぴらだ。
とりあえず自分に出来そうなことを試してみる。状況が厳しいのが分かれば、そのとき考えれば良い——それが俺の出した答えだった。
しかし、実際に俺の口から出たのは平凡きわまりない言葉だった。
「まぁ人間、怖くてもやらなきゃいけないってときがあるのさ」
俺は片膝を突いて、ロウミィと視線を合わせた。
「なに、すぐに帰ってくるよ。俺たちがいない間、ちゃんとチビどもの勉強を見てやるんだぞ」
するとロウミィは、はにかんだ表情を浮かべ「うん、わかった!」と応じた。
その可愛らしい顔を見ながら、俺は自分がバロワの街と、そこに住む人々に愛着を持ちはじめていることに気付いた。
☆ ☆ ☆
そうこうしているうちに、時刻は夕方近くになってしまった。
用事を済ませて街の入り口に向かうと、門の脇に馬車が停まっているのが目に付いた。
御者台にはスレン、馬車の傍らには満月さんとスレン、リリアの姿がある。俺に気付いたリリアが大きく手を振った。
「悪い、遅くなった!」
慌てて小走りで駆け寄ると、スレンとリリアの間から、小さな影がひょっこり姿を現した。
そいつは出会い頭、俺に罵声を浴びせてきた。
「
「ジール。なにしてんだお前」
「なにって、おいらもいっしょに行くんだよ! 絶対ついてくからな!」
声を張り上げたのは、俺にしょっちゅう突っかかってくる悪ガキ——もとい斥候見習いの少年、ジールだ。
「どういうことだ?」
リリアに尋ねると、彼女は困ったように眉を下げ、口ごもった。
そんなリリアに代わって返答したのは、満月さんだった。
「我々の話をこっそり聞いていたみたいなんだ。いっしょに行くと言って聞かなくてね。やれやれ困ったもんだが、まぁ、見張りくらいは出来るんじゃないかな?」
「おいらはエイジよりも強えぜ! ぜってーリリアさんの役に立つから!」
「と、本人はこう言ってるが、どうするね?」
ちくしょう、なんでこんなときに限って厄介事が増えるんだ。
いまは少しでも人手がほしい。だが、めんどくさいガキを連れて行くのはごめんだ。余計なトラブルの原因になりかねない。
だが、このまま置いていくのも危険な気がした。
「なぁなぁ、いいだろ? 見張りでも荷物持ちでもなんでもやるぜ」
なにせこいつは俺たちの行き先を知っている。置き去りにしても、あとからついてこられたら余計に面倒だ。
リリアも同じようなことを考えているらしく、困り顔でこっちを見ている。
ここは俺が決めるしかない、か……。よし!
「よし、分かった。連れて行ってやろう——」
「本当か!」
「ただし一つ条件がある。それが守れないなら連れて行けない」
「な、なんだよ、条件って。エイジのくせに偉そうだな」
「俺のことはどうでもいいから、リリアの指示には必ず従え。リリアが動くなと言えば動くな。走れと言ったら走れ。守れるか?」
有無を言わせぬ口調で言うと、ジールは気圧された様子で「お、おう!」と答えた。
「そんなん余裕だっつーの!」
「よし、聞いたぞ。男と男の約束だからな。絶対守れよ!」
俺は片手でジールの髪をぐしゃぐしゃに撫でながら、リリアに目配せする。
——悪いが、こいつの世話は任せたぞ。危ないことはさせるなよ。
リリアは俺の意図を察したらしく、小さく頷いた。
こういうクソガキをおとなしくさせるには、
「おい、やめろバカ! 頭撫でんじゃねえよ! ガキ扱いすんな!」
ジールは、そばかすの浮いた顔を真っ赤にして俺を見上げた。近くで見ると、意外と可愛い顔をしているのだが、こいつの場合は性格と言葉遣いのせいで全部台無しだ。
黙ってりゃ美少年としてモテそうなのに。残念なやつだ。
「うるせえ、クソガキ。早く馬車に乗れ。出発だ!」
俺はジールの尻を叩いて馬車に押し込んだ。ジールは顔を真っ赤にして怒ったが、ここは無視の一手である。
続いて、リリア、俺の順に乗り込む。一人残された満月さんは、気遣わしげな様子で手を振っていた。
「いろいろありがとう。この後も任せたよ」
「ああ、気を付けて」
全員が揃ったことを確認したスレンが馬の手綱を引くと、馬車は軽快に走り出した。
馬車の速度を考えると、途中で休憩を挟んでも、半日も経たずに村に着くはずだ。
その間に、これからの方針について、みんなで話し合って共有しておくことにする。
俺たちの目的は、古代遺跡で消息を絶った調査隊の安否確認だ。
まずはスレンの村を目指し、村に馬車を預けてから山中の遺跡に向かう。
遺跡への突入は俺とリリアで行う。スレンとジールは遺跡の入り口に待機し、見張りと連絡役を担当する。
ジールは「見張りなんて一人で十分だろ」と口を尖らせたが、「交代のいない見張りなんてなんの役にも立たないぞ。それに、一人だけ残すとしたらお前だからな」と言うと黙った。
遺跡内部の調査は俺とリリアで行う。
調査隊がなんらかの形跡を残している可能性が高いので、彼らの足取りを追うのが最優先だ。
俺たちが絶対に避けなければならないこと。それは二次遭難である。これ以上は危険だと判断したら、勇気を持って引き返す。
遺跡内部の脅威レベルが分かれば、領主や〈満月の微笑亭〉の連中を説得して再突入できるかも知れない。
その後、馬を走らせること数時間。
太陽は完全に沈み、空には大きな月が浮かんでいた。青白く光るその姿は、どこか禍々しい。
「みなさん!」
俺が馬車の
「どうした?」
ただならぬ様子を察知し、俺たちは御者台越しに前方を見遣る。
「村が……」
そこには、予想だにしない光景があった。
以前に目にした、集落を覆う木の柵。その奥から、赤々とした光が漏れていた。
その光にまとわりつくように、黒々とした噴煙が空へと立ち上っている。
「村が、燃えています!」
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