第31話 嘘つき魔女と転生者

「これはみんなには秘密なんだけど」


 そう前置きして、バーバラさんは話しはじめた。


「私ね、初めて会う人には〈嘘感知〉の魔法をかけているのよ。その人が話しているのが、嘘か本当かを判別する魔法」


 そういえば、バーバラさんに触れたとき〈黒魔法〉のスキルが光っていた。


「……そんな魔法があるとは知りませんでした。ずいぶん凄いことができるんですね」


「黒魔法は古代文明の叡智の結晶ですもの。現代に伝わっているのは、その切れっ端に過ぎないけど、いろんなことが出来るわ。でも、制限も多いのよ。発動には古代語の詠唱が必要で、これがけっこう面倒でしてねえ」


 俺はバーバラさんと初めて会ったときの記憶を思い起こす。

 たしか、俺たちが家に入る前に「片付けをする」と言って奥に引っ込んで、そのときに——


「もしかして、あのとき口ずさんでいた歌が魔法の準備——詠唱だったというわけですか?」


「あら! よく覚えていたわね。正解よ」


 バーバラさんは静かに微笑を浮かべた。


「〈嘘感知〉の魔法には、いくつか制限があるの。一つは長い詠唱。もう一つは、相手に触れなければならないこと」


「だからあのとき、俺の手を握りながら話したんですね」


 俺がそう言うと、バーバラさんは出来の良い生徒を見るように、目を細めた。


「あのとき私はいくつか質問をして、あなたはそれに答えた。あなたが記憶喪失だというのは、嘘。リリアちゃんとの出会いは、本当。言語の研究をしていたのと、教師をしていたのも本当——」


 次々と真相を言い当てられ、俺は言葉を失う。


「——でも、古代語を読めるかもしれないという話は、嘘」


「そこまで分かっていたんですか……。じゃあなぜ、俺を信用してくれたんですか」


「一つは、あなたが目の前で古代語を読んでみせたから。あのときは驚いたわ。何か不思議な力を持っているのだろうと思ったの。それが何かは分からないけど」


「理由は、ほかにもあるんですね?」


「その後、私が『その能力を、今後どう生かしていくおつもり?』と尋ねたとき、あなたはリリアちゃんのために使うと言った。それ以外は考えていないと。そして、その言葉に嘘はなかったわ」


 バーバラさんは目を細めて笑った。


「あなたは、人には言えない何か不思議な力を持っている。リリアちゃんがよく分からない宿命を背負わされているように、ね」


 そこまで分かっていたのか……。

 俺が呆然としていると、バーバラさんは「でも、あなたやリリアちゃんが持っているのがなんなのかは、さっぱり分からないんですけどね」とため息をついた。


「だから私、あなたを見定めようとしたの。あなたの持つ力がなんなのか。あなたが本当に善良な人なのか」


 バーバラさん、人の良さそうな物腰に反して実はけっこう怖い人なのかも……。


「もしかして、俺に家に来るように促したのは——」


「ご想像通りよ。私はあなたを観察することにした。私は目が見えないけど、代わりの〈目〉があるから」


 足下でウォルフが「うぉん!」と吼えた。バーバラさんは手を伸ばして、犬の首筋を撫でた。


この子ウォルフは私の使い魔なの。私はこの子の感じたものを共有することができるのよ」


「全盲の人にしては、動きがしっかりいていると思ったら、そういうことでしたか」


「ええ。この子がいる限り、日常生活には困らない。犬は近視だから、細かい文字は読めないのが玉に瑕ですけどねえ」


「俺の行動は、全部見えていたというわけですね」


「あなたの行動は誠実そのものだった。こんなことを言うのはなんだけど、目の見えない年寄りの家に来るような人間には、ろくでもない者もいるの。こっちが見えてないと思って、金目のものを漁ろうとしたりとか。そうでなくても、私を侮るような行動を取る人は多いわ」


 バーバラさんの家には、珍しい薬がたくさんある。盗人にとってはよだれが出るような場所のはずだ。


「でも、あなたは古代語の資料以外に興味を持たなかった。それに私にも親切にしてくれた。ウォルフの散歩中に出会った街の人々にも丁寧に接していたわ。だから私はあなたを信頼して、大事なお友達として付き合っていこうと思ったのよ」


 なるほど、リリアがバーバラさんのことを「少し気むずかしい人で、嫌いな相手には冷たい」と語ったことに合点がいった。

 この人は魔法を駆使して、自分に近寄ってくる人間を用心深く観察し、信頼できない者をふるい落としていたのだ。


「これが私の隠し事。ごめんなさいね」


 バーバラさんが頭を下げたので、俺は慌てた。隠し事をしているのはこっちも同じなのだ。謝られる筋合いはない。

 ここは俺も、自分の「隠し事」を明らかにするべきだろうと思った。このまま隠しておくのはフェアじゃない。


「バーバラさん、俺も実は——」


 しかし、バーバラさんは手を持ち上げて俺を制止した。


「その話はあとで。それより、お友達が危ないんじゃないの? こんなところで油を売っていていいのかしら?」


「……ありがとうございます。お借りしている道具、必ず無事にお返しします」


「いいのよ、あなたとリリアちゃんが元気に帰ってくれば。魔道具の使い方は、袋の中に入っている紙に書いてあるから、あとでご覧なさい」


 温かい気持ちに包まれながら、俺は席を立った。


「気を付けていってらっしゃい。お友達の無事を祈っているわ。みんなで元気に戻ってくるのよ」


「はい。必ず」

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