第30話 バーバラさんの宝物

「リリア、待て!」


「でも、ザックさんとイリーナさんが——!」


「あいつらを助けに行くことに異論はない。だが、焦って突っ込んではいけない」


 リリアを制止した俺だったが、事態が一刻を争うのは分かっていた。のんびりと準備している時間はなさそうだ。


「満月さん、ザックたちと仲の良い冒険者で、協力してくれそうなやつはいないか?」


 満月さんは俺とスレンに目を向け、難しい顔をして考え込んだ。


「ザックに恩があるやつなら、何人か思いあたりがあるが……だが、ザックたちがやられたのなら、二の足を踏むだろうね。よほどの報酬がない限り、遺跡の中に入る命知らずはいないだろうな。そこのおにいさんが大金を用意できるとは思えないしね……」


「そうか。じゃあ、遺跡の入り口まで来てくれるやつで良いから、何人か集めてくれないか? それなら大した額にはならないだろ? 金は俺たちが出す。いいよな、リリア?」


 リリアは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに「もちろんです!」とうなずいた。


「それくらいなら構わないが……。なにか役に立つのかね?」


「遺跡には俺とリリアで入って、出来る範囲で生存者を探す。リリア、いいか?」


「はい!」


「だが、もしものときに備えて、バックアップがほしい。ケガの治療が出来るやつが控えてくれているとありがたい」


「なるほど」


 満月さんが頷く。


「それに、遺跡には危険な魔獣がいるんだろう? そいつらが外に出てこないとも限らない。そうなったとき、周囲の街や村に知らせる人間が必要だ。それに、俺たちが中に入っている間に、領主が入り口を塞いじまったらたいへんだ。誰かを外に残しておく必要がある」


 俺の説明を聞いた満月さんは「あまり冒険者らしくない発想だ」と笑った。


「らしくない? 何かまずいところがあるかな?」


「いや、悪くはないよ。俯瞰的で合理的な考え方だ。普通の冒険者はそこまで考えない。よし、わかった。早速手配しよう。明後日には何人か出立できるだろう。ついでに、きみたちのために馬車も手配しておく。こちらは私からのサービスだ。貸し賃はタダでいい。夕方までには動けるようにしておく」


「ありがたい。俺たちは夕方に出発、バックアップ組は準備ができ次第、出発させてくれ」


「了解だ」


 満月さんはチラッとリリアに顔を向けた。


「ザックとイリーナは、うちの大事な常連だ。できるなら助けてやってほしい。ただし、無理はしないように。いいね?」


 そしてこちらに向き直って、俺の肩を軽く叩いた。「リリアが無理をしないようにお前が見張ってろ」ということだろう。


「ああ、まかせてくれ」


☆ ☆ ☆


 それから俺たちは、手分けして冒険のための準備に取りかかった。


 リリアは家に帰って荷物の準備。ついでに市場を回って、保存食などの必要な物を買い集める。

 スレンは疲弊しているので、馬車の準備が整うまで〈満月の微笑亭〉で休ませることにした。彼には俺たちを遺跡まで案内してもらう役目があるから、途中で倒れられでもしたら困る。

 そして俺の役目は、バーバラさんや子供たちにしばしの不在を伝えることだ。


「あらあら。こんな時間にお客様とは、珍しいわね」


 バーバラさんの家の扉をノックすると、中からいつも通りおっとりした雰囲気のバーバラさんが姿を現した。


「どうしたの、エイジさん?」


「友人が古代遺跡で行方不明になりました。俺とリリアはしばらく街を離れるので、御挨拶に」


 玄関口で手短にこれまでの経緯を伝えると、バーバラさんは「まあ」と口を丸くした。


「エイジさん、ちょっとお入りになって」


「いや、今日はちょっと急いで……」


「いいから、こちらにいらっしゃい」


 有無を言わせぬ口調だった。普段は温厚なのに、こんな強引なのは珍しい。

 バーバラさんは戸惑う俺の手を引き、家の中に招き入れた。


 俺を居間の椅子に着かせたバーバラさんは、手を打ち鳴らして声を張る。


「ウォルフ、ウォルフ! あれを持ってきてちょうだい!」


 ウォルフというのは、バーバラさんが飼っている犬の名前である。

 少し待つと、家の奥から布袋を口にくわえた犬——ウォルフが姿を現した。

 バーバラさんはウォルフから布袋を受け取ると、俺に手渡した。


「これは……?」


 袋を覗き込むと、金属製の器具がいくつか見えた。

 ランタンのようなもの、剣の束のようなもの、ゴルフボール大の球体、宝石のついた腕輪——何の道具かは分からないが、古美術品としては価値がありそうなものに見える。


「古代王国の魔道具よ。もっていってちょうだい。そんなに大したものじゃないけど、何かの役に立つかもしれにないから」


「え、いいんですか?」


「いいですよ。そんな高いものでもないし」


 古代王国の秘宝は、かなり高値で取引されると聞いた。物によっては国一つだって買えるし、安い物でも売れば半年や一年は遊んで暮らせるとも。


「どうせ年寄りには使い道なんてないんだし。使ってくださいな。どの道具も、手に取って古代語の合言葉を唱えるだけで効果が発生します。あなたなら扱えるでしょう」


「ありがとうございます。でも、どうして俺たちのために、ここまでやってくれるんですか?」


 俺とバーバラさんは一ヶ月程度の付き合いだ。大して恩を売った記憶もない。そんな相手に、総額数百万円レベルの財宝を貸し与えるなんて、どうかしている。


「それは、あなたが良い人だからですよ」


 バーバラさんは口に手を当て、いたずらっぽく「うふふ」と笑った。


「それに、私はあなたに隠し事をしていました。そのお詫び、埋め合わせと思っていただければ結構ですよ」


「隠し……事……?」


 不意の展開に驚く俺をからかうように、ウォルフが足下で「ワン!」と鳴いた。

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