第三章 古代遺跡に潜む影

第29話 遺跡に消えた調査隊

 「もう一人のリリア」が現れた事件から、一週間が経った。


 いろいろあったが、俺とリリアは特に気まずくなることもなく、平穏な日常を送っていた——と言いたいのだが、若干の変化もあるにはあった。


 あの一件以来、リリアと俺の距離はかなり縮まった。それぞれの秘密を共有する者として、互いに相手を信頼する気持ちが深まってきたのだ。

 それ自体は良いことなのだが、少し困ったこともある。

 リリアが毎日のように添い寝をせがんでくるようになったのだ。


 リリアが言うには、一人で余計なことを考える時間が長いと、〈呪い〉が発動しやすいのだそうだ。だから、なるべく一人の時間を作りたくないらしい。

 そう言われると俺としては断りにくく、毎晩のようにリリアと同じベッドに入り、他愛のない雑談に付き合った。なるべく身体には触れないようにしながら。


 しかし、ちゃんと服を着て寝るとはいえ、相手は花盛りの十八歳。しかも桁外れの美人で、性格も良い。

 俺は日に日に、自分の理性が削られていくのを感じていた。


 えーっと、それはさておき!


 今日、俺たちは〈満月の微笑亭〉にやってきていた。

 昼食を兼ねた、いつもの情報収集だ。


「やあ、いらっしゃい。今日も仲が良いね」


 店に入ると、いつも通り店主の満月さんが笑顔で迎えてくれる。お昼時を少し回った店内は客がまばらで、満月さんは暇そうにしていた。


 俺たちが適当に料理や飲み物を注文し、最近の情報を尋ねると、満月さんはにこやかに話し始める。


「遺跡の情報はたいしたものがないけど、実入りの良さそうな仕事ならいくつかあるよ。商人の家の短期警備とか、衛兵への剣術指南とか。あと、代書屋が手伝いを探している。こっちはエイジくん向けかな——」


 満月さんが依頼の一覧を記した紙を取り出そうとしたとき、店の入り口の扉が、大きな音を立てて開いた。


「どうしたんですかい、騒々し——」


「リ、リリアさんはいますか!」


 扉を蹴破るように店内に入ってきた人物は、開口一番にそう叫んだ。

 どこかで聞き覚えのある声に振り返ると、そこに立っていたのは——


「スレン!」


 俺がこの世界で訪れた村の青年、スレンだ。朴訥だが、感じの良い男だった。

 スレンの身体はあちこち泥で汚れ、掌には擦過傷があった。慌てて走ってきて、どこかで転んだに違いない。


「そんなに慌てて、どうしたのですか?」


 リリアが急いで駆け寄ると、スレンはリリアの手を取って、泣きそうな顔を浮かべ、その場に崩れ落ちた。


「弟を、弟を助けてください!」


 いったい何が起こったというのだろう。

 村の周辺にいたゴブリンの群れなら、領主配下の兵士たちが殲滅したはずだ。何か災害でも起こったのだろうか?


 リリアと俺はスレンを店内に引き入れると、空いているテーブルにつかせた。


「話を聞かせてもらえますか?」


「い、遺跡に弟が! 行方不明になくなって……! 調査隊が、あの!」


「スレン、落ち着いて!」


 スレンはひどく慌てた様子で、要領を得ない言葉を口走った。

 目を白黒させるリリアに助け船を出してくれたのは、満月さんだった。


「おにいさん、ちょっと落ち着きなさいよ。はい、水」


「あ、すみません……!」


 満月さんが持ってきた水を飲むと、スレンは少し落ち着いた様子を見せた。

 スレンは周囲を軽く見回すと、声を潜めて話し始めた。


「あ、あの……僕たちの村の近くに遺跡が見つかって、領主様が調査隊を出したんですが……中で、魔物の襲撃に遭ったらしいんです」


 心臓がどくんと跳ね上がるのを感じた。

 領主が派遣した調査隊——それには、ザックとイリーナが参加していたはずだ。

 

「今日の昼間、兵士の一人が、遺跡からうちの村まで逃げてきました……。兵士さんはケガを負っていたので、村の馬車で砦まで運んだんです。その人が言うには、遺跡内部を探索中に、正体不明の魔獣に襲われて、みんなバラバラになってしまったと……」


「ほかの調査隊の連中は、まだ中にいるのか?」


 俺の質問に、スレンは「お、おそらくは……」と言って目を伏せた。

 リリアの顔がさっと青ざめる。きっと俺も同じような顔色になっているだろう。


「それで、弟さんがどうのっていうのは、なんの話なんだ?」


 俺はなるべく平静を装いながら、スレンに先を促した。


「調査隊の中に、弟がいるんです。弟は次男で、家を継げないから砦の下働きをやっていました……。それで、遺跡周辺の地理に詳しいからというので、調査隊に同行することになって……ああ、なんてことだ!」


 スレンは顔を両手で覆った。


「領主には頼めないのか? 次の調査隊の派遣とか」


「砦の隊長に聞きましたが、難色を示されました。最初の調査隊には、かなりの腕利きが選ばれたそうです。それに匹敵する精鋭をすぐに揃えるのは……」


 なるほど、遺跡探索は人間相手の戦争とは勝手が違う。

 狭い空間で、古代王国が生み出した魔獣と戦わなければならないのだ。凡百の兵士を大量に動員しても、いたずらに犠牲を増やすだけだ。


「領主様は、場合によっては遺跡の入り口を封印しなければならないとお考えのようです……。いま頼れるのは、冒険者の方だけなのです」


 ガタン、と椅子が倒れる音がした。

 リリアが勢いよく立ち上がったのだ。


「わたしがいきます!」

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