第一章 もらったスキルと呪いの少女
第03話 やべーぞレXプだ! [レベル1]
悪い夢を見ている気分だった。
研究室で本棚に押しつぶされて、気がついたら異世界の地獄にいた。
自称・地獄を司る女神によれば、俺は世界から要らない子認定をされ、異世界に飛ばされたという。
話の細部はよく分からなかったが、たぶんだいたいそんな感じだ。
気がつくと、俺は森の中で仰向けに倒れて。
木々の間から漏れてくる陽の光がまぶしい。時刻は昼すぎくらいか?
ていうか、ここはどこだ?
周りの木々に見覚えはなく、なんとなくの雰囲だが、日本ではなさそうだった。
もしかしたら、本当に夢の中なのか?
自分の体を見ると、研究室にいたときと同じ格好だった。
量販店で買った安物のスーツとシャツ、そして革靴。ポケットをまさぐると、封を切ったばかりの煙草の箱とライター、画面の割れたiPhone、財布とハンカチが出てきた。iPhoneがバキバキになっている以外は、前のままだ。
「iPhoneの修理、保証はきくのかな」
俺が間抜けな台詞を吐いたとき、遠くから何か物音が聞こえた。
何か固いもの同士がぶつかり合うような音。それに混じって、人の声か、獣の唸り声のようなものが聞こえる。
本能的に身を守る武器を探すと、足下に良い感じの木の枝が落ちていた。土産物屋の木刀くらいのサイズだ。風雨で折れたのだろうか。
見知らぬ土地で身を守るには心許ないが、何もないよりはマシだろう。
俺はおっかなびっくり棒を手にすると、音のする方向へと歩き出す。
ここがどこかは分からないが、もしかしたら言葉の通じる人間がいるかもしれない。
俺はゆっくり忍び足で、音のする方向に向かって、草むらをかき分けていく。
やがて、音が鮮明に聞こえるほど近付いたとき、俺は自分の行動を後悔しはじめた。
——金属と石がぶつかり合うような音。
——何を言ってるのかは分からないが、相手を罵る女の声。
——獣じみた叫び。
聞こえてきた音は、明らかに剣呑な——暴力を伴うトラブルを連想させるものだった。
しかし、ここまで来て何が起きているかを確かめないわけにはいかない。草木をゆっくり手で押しやり、のぞき込んだ先には……!
「
ファンタジーRPGでおなじみ、緑の肌をした小柄な魔物——ゴブリン。
その集団が何かと戦っていた。数はたぶん七匹。
「ギョエエエエエエエエエーーーーーー!」
ゴブリンたちは、敵意を剥き出しにして雄叫びをあげている。
地面に目をやると、ゴブリンが十体ほど倒れ伏している。身体から血を流し、動く気配はない。死んでいるのだろうか?
恐怖で喉の奥が震えた。
悪夢だ。これはきっと夢に違いない。
いまにも悲鳴をあげて逃げだそうとした、そのとき。
俺の視線が、ゴブリンと戦っている相手を捕らえた。
「あれは、女か!?」
醜悪な小鬼に囲まれているのは、一人の少女。
簡素な皮鎧に身を包み、細身の長剣を振るって戦っていた。
遠目に見ても、美しい少女だった。
肩で揃えられた金髪は、上質の絹のよう。闘志を秘めたエメラルドの瞳は、ゴブリンたちを見据え、カッと開かれている。なめらかな白い肌は興奮で上気し、汗が滲んでいるのが目に取れる。
「■■■■、■■■■■! ■■■■!」
少女が言葉を発した。何を言っているのかは分からない。
ゴブリンを威嚇しているのか、それとも自分を鼓舞しているのか。
しかし、ゴブリンたちは少女の声にひるんだ様子もなく飛びかかる。
風を切る音ともに、鮮やかな銀の煌めきがゴブリンの首を捉える。
血しぶきが舞い、醜悪な怪物が断末魔の声を上げた。
返り血を浴びた少女が顔をしかめる。その隙をついて、別のゴブリンが背後から襲いかかった。
その瞬間、少女は軽やかに身を翻し、ゴブリンの胸に剣を突き立てた。
ふたたび断末魔の声が森にこだまする。
武術には疎い俺だが、少女の技量が卓越しているのが分かった。地面に倒れている十数匹のゴブリンも、彼女がやったに違いない。
このままいけば、あの子はゴブリンたちを難なく切り伏せるだろう。
しかし、俺が安堵しかけた瞬間、少女の美しい顔が驚愕の色に染まった。
ゴブリンに突き刺した剣が抜けないのだ。
「ギュルアアアーーーーーー!」
棍棒を手にしたゴブリンが少女に飛びかかった。袈裟懸けに振り下ろされた凶器が、少女の顔をかすめる。
かわした——ように見えた。だが、彼女は後ろによろよろと後ずさると、その場に尻餅をついてしまった。額か、顎か——打ち所が悪く、脳震盪を起こしたのかしれない。
「ギイエエエエーーー!」
武器をなくし、意識を失いかけている少女。それを見て、ゴブリンたちが勝ち誇ったような声を上げる。
バケモノたちは何を思ったか、武器を捨てて少女を取り囲むと、力尽くで彼女を仰向けに押し倒した。少女は暴れようとしたが、四肢をガッチリ押さえられては、身じろぎ一つ出来ない。
リーダー格らしい、体が一回り大きいゴブリンが、忌々しげに少女の脇腹を蹴り上げる。
一発、二発、三発——そのたびに、少女の口から弱々しいうめき声が漏れた。
(あの子を助けなければ——)
そう思いながらも、俺は身動きできなかった。
目の前で振るわれる、あまりも原始的な暴力。恐怖で脳の奥が痺れ、自分がなにをすべきなのか、まったく考えられない。
やがて少女が動かなくなると、ゴブリンリーダーは仲間の遺体に歩み寄った。
そして、少女が突き刺した剣を力任せに引き抜く。血が滴る剣を携えた怪物は、醜悪な笑みを浮かべ、少女へと近寄っていく。
(あの子を殺す気だ——)
目の前で、人が死ぬ——その恐怖で身がすくんだ。
しかし、奴の狙いは俺の予想を超え、はるかに邪悪だった。
ゴブリンリーダーは、手にした剣で、少女の身体ではなく、その皮鎧や衣服を切り刻んでいった。丁寧に、嬲るように、ゆっくりと——
ややもしないうちに、少女の身体を覆う物はすべて取り除かれた。
血に汚れた瑞々しい裸身は、ところどころに青アザができていた。形の良い胸が上下しているのを見ると、まだ意識はあるらしい。だが、もはや抵抗する体力や意思は残っていないようだった。
抵抗するそぶりのない少女を見て、ゴブリンたちが喝采をあげた。
ゴブリンたち、少女の髪を掴んで上体を起こさせると、彼女をうつぶせに寝かせた。
頭を押さえたゴブリンが、土を舐めさせるように少女の顔を地面に押しつける。
別のゴブリンは、彼女の腰を持ち上げ、股を開かせた——
これはきっと悪い夢だ。夢に違いない。俺は自分にそう言い聞かせる。
目が覚めれば、きっと自宅のベッドか研究室に戻っているはずだ。
邪悪な怪物も、犯されそうになっている少女も現実には存在しないんだ。
だとすれば——
木の棒を握る手に、力がこもった。
身体の震えは、いつの間にか止まっていた。
「なあぁぁぁあんにもお、怖くねえぞおおぉぉぉおおおらあああああああ!」
俺は絶叫しながら草むらを飛び出し、棒を振り回しながらゴブリンの群れに突撃した。
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