箱庭

プロローグ

目を閉じて、夜が明けるのを待つ。

殴られたところが痛い。タバコを押し付けられた傷が気持ち悪い。それでもおれは頑張って耐えた。耐えて、耐えて、耐えて。母親が満足して家を出るまで待った。


軽く自己紹介をしようと思う。父親は交通事故でおれが幼い時に死んだ。母親はそこから気が狂ったのか、おれに暴力を振るうようになった。

そんなおれができるのは、耐えることしかなかった。たまに学校の先生が傷のことを訊いてきたりしたけど、その姿が母親と重なって、怖くて逃げたくなった。だからおれは誰にも言わなかった。

母親は昼間はパチンコとかで遊んで、そういうのが閉店するくらいの真夜中に帰ってきて、おれを殴ったりする。寝ていたって叩き起される。

だんだん体が弱っていって、だんだん自分が弱いやつだと思ってきた。だけどそれはなんとなく悔しくて、強がっているうちにおれは自分のことをおれって言ってた。女の子なのに気持ちが悪いって言われた。



ー「リオ、ごめんな」

大きな赤い手でおれを撫でたあの人は、今まで見てきた誰よりも強かった。

だから、耐えている間は父さんのことを思い出す、小さかったからあんまり記憶はないけど、幸せな思い出だったことは確かだ。

そうやって、今日もおれは、父さんに縋りながら、夜明けを待つ予定だったんだけど。


ピンポーン。とチャイムが鳴って、「クリハラさーん」って呼ぶ声がした、聞いたことがない声。

母親はそれを無視して大音を立てながらおれを虐めた。するとがちゃって音がして、気がついたらおれは毛布の中だった。

「大丈夫?今救急車呼ぶからね。」

毛布の向こうでそんな声がした。たぶん、毎日が変わる気がした。だからおれは最後にしたかったことをした。

「かあさん」

嗚呼。

ずっと、ずっとずっと。そう呼びたかった。父さんと母さんと横に3人で並んで、夕日から伸びてる影を見たかった。3人でご飯を食べたかった。ご飯は美味しくなくてもよかった。

だけど母さんはおれが母さんって呼ぶことを許してくれなかった。だからずっとずっとできなかった。だけど、最後だから。きっとおれら、これでおしまいだから。

「かあさん」

「呼ぶんじゃないよ!」

母さんは怒鳴ってる。だけど押さえつけられてるから、おれのことを殴りに来ない。

「かあさん、かあさん、かあさん。」

これまで呼べなかった分、おれはたくさん母さんを呼んだ。毛布の向こうの人は、そんなおれをぎゅうっと抱きしめた。

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箱庭 @miyakonnnn

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