2,こんなはずじゃなかった
剣斗ははっと意識を取り戻した。彼は起きたまま気絶してしまっていたのだ。
(し、しまった。いま何時だ?)
部屋に置いてある時計によれば、時刻ではすでに夕方だった。それに気づいた剣斗はちょっとした絶望を覚えた。
(……嘘だろ。オレ、今日なにもしてないぞ……?)
愕然とした。朝起きたら夕方だった休日を超えるほどの喪失感だ。この喪失感はしばらくとどまるところを知らない。
「……ん?」
ちら、と
「う、うう……」
ボロ泣きしていた。
「だ、ダメだ……プリキュピの最終回は何度見ても涙腺が耐えきれねえ、こんなの耐えられねえよ……うう、うおおおお……ッ!」
それはもう、見ているほうが引くくらいのボロ泣きだった。
(……ええ? う、嘘だろ? アニメ見てボロ泣きしてるぞ、この人……?)
剣斗はもはや呆れさえも通り越して、驚愕の目で彼女を見ていた。
彼女は手に持っていたハンカチで涙を拭い、ついでにそれで鼻をかんでいた。
『わたし……わたしたちは、絶対に諦めない! 絶望なんてしたりしない!』
『馬鹿め!! 滅亡こそがお前らの願いだ!! わたしはお前らの願いから生まれたのだ!! つまらない希望など捨てろ!!』
『いいえ、誰も滅亡なんて望んでいない――みんなが望んでいるのは、希望よ!』
『ぐわあああ!? な、なんだこの光は!?』
……気がついたら、ディスプレイの中は物凄く盛り上がっていた。
どうやらこれは最終回の、それもラストの場面のようだ。
(……ええと、この黒くてでかいのが敵の親玉だっけ……? 確か〝ウィキッド〟とかいう名前だったよな……?)
『みんなの声は、必ずわたしに届く! わたしのこの手は、必ずみんなに届く!』
『うおおおおお!! プリン☆キュピア!! そのつまらない希望と共に砕け散れ!! 〝
『〝
両者の必殺技が放たれ、画面の中では何やらもうすごいことになっていた。
結果的にプリン☆キュピアが敵の親玉を倒し、最終話は終わった。
「う、うう……この見終わった後の余韻がまた……」
りんごはまだ泣いていた。エンディングロールがもはや涙で見えない勢いだ。
(……いや、どこにそんな泣く要素が……?)
「……おっと、もうこんな時間か」
ふと、りんごが顔を上げた。どうやら我に返ったようだった。
くるり、と彼女は椅子ごと
「――で? どうだった?」
「……どうだった、というのは?」
「感想に決まってんだろうが。どのあたりが一番面白かったよ?」
「……そうですね……強いて言えば、ピアッキーが出てきて『ぼくと契約して魔法少女になってよ』って言う当たりですかね――ぐはぁ!?」
問答無用でロケットパンチされた。
「いやてめぇそれ一話の冒頭じゃねえか!? てめぇは今の今まで何を見てたんだよ!?」
「い、いやだって毎回似たような話ばかりで……結局、プリン☆キュピアが出てきて最後に敵を倒して終わりじゃないですか。まるでワンパターンですよ。丸っきり子供だましとしか言いようのない薄っぺらいストーリーで内容がまったく頭に残らない――ぐはぁッ!?!?!?!?!?!?」
再びのロケットパンチだったが、その威力はこれまでで最も破壊的だった。
「ぐ、ぐふう……」
「てめぇ……いま遠回しに殺してくれって言ったよな? そうだよな? な?」
「まあまあ、りんご。落ち着きなよ。目が本気過ぎてちょっと怖いよ、君」
「そこをどけアルゴス。そいつ殺せない」
「いや殺しちゃダメだって。彼は新人なんだから。優しくしてあげないと」
「ちっ」
りんごは舌打ちした。その柄の悪さといったら完全にチンピラである。
「おい
と言って、りんごは部屋から出て行ってしまった。
「あ、ちょっと――」
剣斗は相手の背中を慌てて追いかけたが、廊下にりんごの姿はなかった。
「あ、あれ? どこいった?」
影も形もなかった。何の前触れもなく目の前に現われた時のように、忽然と姿を消してしまっていた。
そう、文字通り本当に姿が消えてしまっていたのだ。
現われた時もそうだったが、いったいどういうことなのかさっぱり不明である。
「……馬鹿な。本当に帰ったのか……?」
剣斗は途方に暮れたように部屋に戻った。
そのまま脱力したように椅子に腰を下ろした。
「おや、剣斗は帰らないのかい?」
「おかしいでしょう!? 帰るも何も、今日一日何もしてませんよ!?」
「これが
「まぁそうなんだけどね。でも今日は特にやることもなかったしね。まぁそんな日もあるよ。平和っていいよね」
と、とてものんびりと言われてしまった。
仕事もしていないのに、何故か剣斗はどっと疲れてきた。
「……アルゴス中佐、本当にこの部隊は何なんですか? まさか本当にアニメを見るだけが仕事なんてことはないですよね……?」
「もちろんさ。ちゃんと仕事もするよ。もちろん、
「自分にはあの人がちゃんと仕事をしているところを想像できないんですが……そもそも、いくら待機中とは言え自由過ぎるのでは? これでは規律も何もあったものじゃありません。
「ふむ。君の言っていることは理解できるよ。でもね、りんごは
「どうしてですか?」
「それは彼女が本当に特別な存在だからだよ。なにせ〝最強〟とまで言われている
「最強……?」
剣斗はその言葉を反芻した。しかしあまりぴんときていない顔だ。
その言葉の意味することと、あのちっちゃい大佐の存在。その二つは彼の中では一つには結びつかなかった。
「……最強と言うのなら、いまはトップ・エースの例の三人じゃないですか? というか、そもそも姫咲大佐の名前はこれまで一度も聞いたことがありませんが……あれだけ目立つ見た目なら、何かしらのタックネームくらいはついていそうですが……」
「彼女の存在はこの部隊と同様、あまり
「……あれだけ目立つ服装をしておいて、注目されるのが好きじゃないっておかしくないですか……?」
「あの服装は彼女にとっての正装だからね。別に目立とうとしてあの姿をしているわけじゃないんだよ。それに何より、彼女はヒーロー扱いされることをあまり好まないからさ」
「……? どうしてですか? 〝ヒーロー〟って呼ばれたら嬉しいじゃないですか。だって〝ヒーロー〟ですよ? みんなの憧れじゃないですか」
〝ヒーロー〟。
それを名乗ることが許されるのは、
エース、もしくはトップ・エースと呼ばれる有名な
彼らには何かしらの
だが、彼らでさえ本当の意味で胸を張って〝ヒーロー〟と自ら名乗ることはできない。
彼らは民衆から〝ヒーロー〟と呼ばれることはあっても、それを自ら名乗ることはしない。
いや、できないのだ。
自らそれを名乗ることが許されるのは、
この最高勲章を贈られた
それを名乗ることが許されないことは多くの
いまいち理解できないと首を傾げる剣斗に、アルゴスは淡々と説明した。
「普通はそうかもしれないね。でも彼女は普通の〝ヒーロー〟ではない。なぜなら、彼女は〝スーパーヒーロー〟だからね」
「……ええと、それは〝ヒーロー〟と何が違うんですか?」
「さてね。それは彼女に聞いてみることだ」
ぴょん、とアルゴスはデスクから床に飛び降りた。
「じゃ、ぼくも今日はこれで失礼させてもらうよ。また明日ね、剣斗」
「あ、ちょっと――」
呼び止めようとしたが、アルゴスの姿は目の前で光になって消えてしまった。
どうやらログアウトしたようだ。
「……な、なんなんだ、いったい――?」
後に一人だけ取り残された剣斗は、その場でしばらく途方に暮れていた。
μβψ
(……まさか、これから先もこんなことがずっと続くんじゃないだろうな)
寒くも無いのに、突然剣斗は寒気に襲われた。
(いや、さすがにそれはないだろう。いくらなんでも――そう、だよな? 初っぱなから窓際部隊に飛ばされたわけじゃないよな……?)
考えていると、段々と不安になってきた。
現状では、この配置はどう考えても何かしらの嫌がらせにしか思えない。特別訓練学校在籍中に、何か司令部の気に食わないことでもしてしまったのだろうか? とまで考えてしまう始末だった。
気がつくと新しい家にまで帰ってきていた。
彼の家は
この都市の大きさはとてつもなく巨大だが、しかし地表全土に広がっていた旧世界の文明に比べたら本当に微々たるものでしかないだろう。
必然、都市は上下に世界を広げていくしか無い。果ては決まっているのだ。それ以上先は
だが、いまの人間にはここしかないのだ。ここがどれだけ巨大に見えても、きっと宇宙から見れば本当にちっぽけな点でしかないだろう。
宇宙開拓の途中で第5の相転移が発生し、それによって人類は再びこの地表に押し戻されてしまった。他惑星にまで伸びていた開拓がその後どうなったのか、今の人類に知る術は無い。
認証が済むと、家の扉がらりと開いた。
入ってまず最初にあるスペースは半共用スペースで、家の玄関はさらにもう一つ扉の向こうだ。玄関からがプライベートスペースになる。
半共用スペースは、荷物などを配達にやって来たドローンなどが公的認証で入ることができるスペースで、もし届いた荷物などがあればここに置かれることになる。
まだろくに片付けも済んでいない状態だったが、彼はまっさきに寝室へ行き、そのままベッドの上に倒れ込んだ。
「……違う。オレが思っていた
疲れ切った声だった。
そのまましばらく突っ伏していたが、やがてむくりと身体を起こした。
部屋にはまだまともなインテリアも飾っていなかったが、壁際に一つだけ、彼がまっさきに飾ったものがあった。
彼が部屋に飾っているのはとある人物の写真データで、けっこう目立つように飾ってある。
その人物というのは
「……」
真っ先にヒットしたのは〝大災害〟に関する情報だった。
そう――〝大災害〟。
六年前、二十万にも及ぶ
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