5,魔法少女

「じゃありんご、まずは自己紹介をしてあげなよ。彼も困惑しているようだしさ」

「いいだろう。面倒だが名を聞かれたからには答えるのがわたしの流儀だ。その耳の穴かっぽじってよーく聞けィ!」

 ばあん、と女の子は右手を真っ直ぐに、ビシッと指先まで鋭く伸ばした。

「わたしは愛と正義のスーパァヒーローッ! 魔法少女プリン☆キュピアだッ!」

「いや絶対偽名ですよねそれ!?」

「偽名じゃなーい! これがわたしの真名トゥルーネームだ!」

「いやなんですかトゥルーネームって!? そんな名前の人いるわけないでしょう!? 普通に本名教えてくださいよ!?」

「むきー! やかましい! 誰が何と言おうとわたしはプリン☆キュピアだ! なんか文句あんのか!?」

「いちおう補足しておくと、彼女の名前は姫咲ひめさきりんご。階級符号はSOF5だよ」

「おいこらアルゴス! 勝手に個人情報をバラすな!」

「おっと失敬。これからは気をつけるよ」

「……は? え? いま何て言いました?」

「ん? 何がだい? ああ、彼女の名前かい? 見た目に似合わず随分と可愛らしい名前だろう?」

「いやむしろ名前は見た目通りなんですが……」

「それはどういう意味だ!?」

「いま、SOF5って言ったように聞こえたんですが……?」

「うん、言ったよ」

 アルゴスは何事もなさそうに頷き、それが? という感じで小首を傾げていた。

 剣斗はすぐにはそれが信じられなかった。

 SOFというのは特別兵トルーパーに与えられる階級符号で、スペシャルオフィサーの意味だ。そして、SOF5というのは階級で言うならば大佐である。

(SOF5ってつまり大佐か!? この小さいのが!? 嘘だろ!?)

 剣斗が驚いているところに、アルゴスはさらにこう付け加えた。

「あ、ちなみに彼女の年齢は21歳だよ」

「は!? 21歳!? この小ささで20歳はたち越えてるんですか!? 嘘でしょ!?」

 今度こそ声に出てしまった。

「誰がロリの擬人化だおらぁ!」

「ぎゃーッ!」

 飛んできた右腕に吹っ飛ばされた。

 りんごは見るからに怒っていた。てっぺんのアンテナもツインテールもさきほど以上に怒髪天を衝く勢いになっていた。

「きっさまぁ……まだ懲りんとはよほどわたしに矯正されたいようだな?」

「ち、違う! いや、違います! 今の失言は決してそういう意味では……」

「でも心の中ではこう思ったんだろう? 二十二歳? いやいや、その半分くらいしかないじゃん――って! そう思ったんだろ!? 言ってみろ!」

「お、思ってません! 思ってません!」

「本当か? 本当なんだな?」

「ほ、本当です!」

「そうか」

「ゆ、許された……?」

「ふんぬぅ!」

「ぎゃーッ!」

 油断したところで再びロケットパンチが飛んできた。

「いやどうしてですか!? いま許してくれる流れだったでしょう!?」

「貴様が嘘を吐いたからだ。嘘を吐くやつは絶対に許さない。絶対にだ」

「あんた本当のこと言っても絶対殴ったでしょうが!?」

「当たり前だ。わたしをロリ扱いしたやつは全員殺す。慈悲はない」

「なんだこの理不尽の塊!?」

「まぁまぁ、落ち着きなよ二人とも」

「ふん」

 りんごは自分のデスクに再び戻り、お気に入りの椅子に踏ん反り返るようにして座った。

「で、どこの誰なんだ、お前は? 誰の許可を得てここにいる?」

「じ、自分は竜道りゅうどう剣斗けんとであります! 今日からこの部隊に配属になりました!」

 散々、一方的に理不尽に殴られ、挙げ句に大佐という階級を突きつけられた剣斗はきびきびと敬語で答えた。もちろん敬礼もしているし、その敬礼もかなりキレがあった。

「配属だと? おい、アルゴス。そんなやつが来るなんてわたしは聞いてないぞ」

「そりゃ報告してないからね。聞いてなくて当然さ」

「そうか。報告がないなら知らなくても当然だな」

 りんごはうんうんと頷いて、すぐに「ん?」と違和感に気づいたようだった。

「いやちょっと待て。なんで隊長であるわたしに報告がないんだ?」

「だって事前に報告したら、君のことだから必要ないの一点張りで話を聞かないじゃないか」

「それが事実だからだ。この部隊にはわたし以外は誰も必要ない」

「そりゃ戦力だけで言えばね。だから司令部もある程度は容認しているけどさ。でも人手があるに越したことはないだろう?」

「足手まといが増えたところで足手まといにしかならん。というわけでお前は必要ない。別の部隊に行け」

 りんごは聞く耳も持たず、しっしっ、と虫でも追い払うように手を払った。

 だが、そう言われたところで剣斗にはどうしようもない。配属先はここなのだ。

(な、何があっても驚くなとは言われたが……いや、限度ってものがありますよ閣下!?)

 剣斗は内心で叫んだ。

 彼はちゃんとした目標があり、その目標のために厳しい訓練を乗り越えて特別兵トルーパーになったのだ。

 だというのに、初日からこれでは目標どころではない。

 すでに物凄く頭が痛かったが……剣斗は冷静に考えた。

(くそ、こんなふざけた部隊はこっちから願い下げだ――と言いたいが、もしかしたらこれも何かしらの適正を見るためのテストなのかもしれない。抑えろ、とにかくこの場は抑えるんだ。短気を起こしていては特別兵トルーパーは務まらないぞ――)

 ふう……と深く息を吐いてから、剣斗はりんごへ改めて向き直った。

「……姫咲ひめさき大佐。さきほどは大変失礼しました。もう二度とあんな失礼なことはしませんので、何とか部隊に置いてはもらえないでしょうか?」

 剣斗は下手したてに出た。いちおう、りんごは振り返ってくれた。

「……ふむ。ならわたしの言うことを何でも聞くというのなら様子を見てやらんでもない」

「な、何でも?」

「嫌ならいいぞ。話はこれで終わりだ」

「わ、わかりました何でも聞きます、聞きますから」

「……言ったな?」

 にやり、とりんごは笑った。それは完全に悪魔の笑みだった。

「じゃあまずは……そうだな。お前も魔法少女になれ」

 初っぱなから絶対に無理な要求が来た。

 剣斗はこみかみを抑えながら、何とか声を荒げずに言葉を返した。

「……申し訳ありません、隊長。それはさすがに無理です」

「無理なら話はここで終わりだ」

 ばっさりと話を打ち切られた。

 理不尽過ぎて剣斗も我慢できなかった。

「いや無理でしょう、それは!? 男にその格好は無理があります! そもそも、それ以前にそんな小っ恥ずかしい格好なんかして人前に出るのなんて普通の人間にできるわけ――」

「ロケットパァァァァァァンチッ!」

「痛い!?」

「貴様ァ! この正装のどこが恥ずかしいだと!? かっこいいだろ! かわいいだろ! 二つが合わさってもはや最強に見えるだろ! いや、見えろ!!」

「どこが正装ですか!? 本物の子供でも着ませんよそんな訳の分からない服!」

「わ、訳の分からない服だとぉ……?」

 勢いで言ってから、剣斗はしまったと思った。慌てて身構えたが、ロケットパンチは飛んでこなかった。

「……?」

 どうしたのかと思ってりんごを見ると、彼女は椅子から地面に崩れ落ちていた。その様子とくれば全財産をギャンブルですった哀れな人間のようでさえある。

「く、くそう……なぜだ、どうしてだ。なぜこの時代の人間には誰も魔法少女の良さが分からないんだ……」

「……あ、あの?」

「う、うう……魔法少女は時代遅れなんかじゃないんだ。魔法少女は永遠なんだ。終わりなんて存在しないんだ――」

 りんごの耳には何も届いていないようだった。何やら譫言うわごとのようにぶつぶつ言っている。

「……あの、アルゴス中佐? 姫咲ひめさき大佐はどうしたんですか?」

「魔法少女であることは彼女のアイデンティティーそのものだからね。それを否定されてしまったが故に、彼女はいま自分を見失いかけているんだ」

「ええ……」

「りんごはとっても繊細だからね」

「いや、とても繊細なようには見えませんが……というか、そもそも魔法少女? って何なんですか?」

「それはとても難しい質問だね、剣斗。魔法少女とは何なのか。この問題は、なぜ万物の解が42なのかという問いに答えるのと同じくらい、非常に難しい質問だよ。今ここで、すぐに答えられるようなものではないだろう。人類は何をもって、何を魔法少女とするのか、その明確な答えをまだ持っていないんだ」

「すいません、そんな大層なことを聞いたつもりはなかったんですが……?」

「……おい、貴様」

 振り返るとりんごが立ち上がっていた。

 剣斗はロケットパンチを警戒しながらりんごと向かい合った。

「な、なんでしょう大佐?」

「何も言わずに、まずはこれを見ろ」

 りんごは椅子に座り直して、デスクに設置されていた据え置き型の物理端末を操作し始めた。

「……それ、物理的デバイスですよね?」

 剣斗は物珍しそうに言った。彼はそもそも、物理的なハードウェアなど見るのはこれが初めてだった。

「ああ、そうだ」

非物理的デバイスが使えるのに、わざわざそんなもの使うんですか?」

 剣斗が空中でキーボードを打つような構えを見せると、彼の手元に半透明のキーボード・デバイスが表示された。指を動かすと、カチカチという音と、打鍵感が彼の指に伝わってきた。

 りんごはふん、と鼻を鳴らした。

主観的物体サブジェクティブ・オブジェクトのデバイスは使いにくいんだよ。表面上触った感触はあるが、実際にあるわけじゃないからな。キーボードは実物のほうが圧倒的に打ちやすい。それに映像を綺麗に見るならディスプレイがなくてはな。そもそもブレインシンクインターフェイスで脳に視覚情報を直接送り込んで意識上に投影させるのを〝見る〟とは言わん。アニメは網膜で見ろ。そして焼き付けろ。でなきゃ意味が無い」

「はあ……よく分かりませんが……そういうものですか?」

「そういうもんだ。で、だ。これを見ろ。何だか分かるか?」

 剣斗は後ろからディスプレイを覗き込んだ。

「……これは〝ムセイオン〟ですか?」

 ディスプレイには見覚えのある画面が表示されていた。それは都市の公的サービスの一つである〝ムセイオン〟の検索画面だった。

「そうだ。人類が生み出した膨大な創作物がここには保存されている。かつての厄災で滅んだ文明の遺物からサルベージして保存された膨大なビッグデータであり、文明継続計画の一環として造られた、世界都市コスモポリスが誇る人類史上最も巨大なデーターベース――それが〝ムセイオン〟だ。これは都市の公的サービスとして市民なら誰でも利用できるようになっている」

「ええまぁ、知ってますが……なんでそんなに説明口調なんですか?」

「貴様も使ったことくらいはあるだろう」

「もちろんありますけど……これがどうしたんですか?」

「試しにこれで〝魔法少女〟と検索する」

 カチカチ――ッターン!

 りんごがやたら大袈裟にエンターキーを弾くと、驚くほどたくさんの作品が出てきた。

「……いっぱい出てきましたね?」

「これらの作品の年代はだいたい二十世紀後半から二十一世紀前半のものだ。今からまぁ三百年前くらいだな。災厄の時代よりも、そして最終戦争時代よりも前の時代だ。この時代は人類の歴史上、最も素晴らしい想像的作品が溢れに溢れていた時代だ。故に〝黄金時代〟と呼ばれているが……それは我々のようなアニメフリーク――いわゆる『オタク』の間でも同様だ」

「は、はぁ」

「そして、これを見ろ」

 ずい、とりんごが無数に並ぶ作品の中から一つをピックアップした。

『超重力魔法少女プリン☆キュピア』

 今の時代を生きる剣斗にはおよそ理解し難いヴィジュアルが表示された。

「……これがどうかしたんですか?」

「ちっ、察しの悪いやつだな。わたしのこの格好を見れば分かるだろう?」

 りんごは立ち上がると、よく見ろと言わんばかりに自分の姿を見せつけてきた。画面に映し出されている女の子と寸分違わず同じ格好だった。

「あれ……? 同じ服ですね……?」

「そうだ。これはプリン☆キュピアの変身した姿だ。つまり、わたしは今まさにプリン☆キュピアなんだ」

「は、はあ」

「――主人公の新富にゅうとんあぷるはカスタードプリンが好きなどこにでもいる普通の十二歳の女の子だった。しかし、ある日偶然、彼女は家の地下で封印されし魔道書プリンキピアを発見してしまう――」

 りんごが何やら神妙に語り出した。明らかに声も作っている。

(……なんか始まったぞ?)

 とりあえず、剣斗は大人しく聞くことにした。

「魔道書から出てきた重力妖精ピアッキーは、あぷるに世界が滅亡の危機にあることを教える。〝悪しき歪み〟の引き起こす重力異常によって世界中に異変が生じ、このままではスーパーブラックホールが生み出されて地球は滅亡するという。それに対抗できるのは、悪しき歪みと正反対の力であるアフェクション・パワーだけだ――と。そして、あぷるはなんと幸福力五十三万にも匹敵するアフェクション・パワーを持つとんでもない逸材だった。ピアッキーはあぷるに、ぼくと契約して魔法少女になってよ、と話を持ちかけた」

「……」

「最初は戸惑うあぷるだったが、大切な家族や友人、そして世界を守るため、超重力魔法を駆使して戦う魔法少女プリン☆キュピアに変身して戦う道を選んだ――というのがあらすじだ。どうだ、この時点でめちゃくちゃ面白そうだろう?」

「ア、ハイ、ソウデスネ」

 剣斗は考えるのをやめた。

「プリン☆キュピアは数ある魔法少女モノの中でも特に素晴らしい。わたしにとっては人生の全てと言っていいだろう。いや、もはや人生だ」

「ア、ハイ」

「だから、わたしはプリン☆キュピアになった」

「……すいません、いま話が量子テレポート並に飛躍してよく分からなかったんですが……?」

「お前、さっき何でもすると言ったよな?」

 じろり、とりんごは剣斗のことを睨んできた。

 その時点でとてつもなく嫌な予感が彼の中を駆け巡っていた。

「ならこれが最初の上官命令だ。明日までにプリン☆キュピアを全話視聴しろ。話はまずそこからだ」

「ぜ、全話? それって全部でどれくらいあるんですか?」

「全五十話だ。ちなみに一話あたり三十分だ」

「それ何時間かかるんですかね……?」

「単純に計算して二十五時間かかるね」

 と、アルゴスが他人事のように補足した。

「それ全話は絶対無理ですよね??? 大佐殿は一日が何時間か知ご存知ですか???」

「大丈夫だよ、剣斗。アニメっていうのは実際には一話当たり二十四分くらいしかない。オープニングとエンディングを飛ばせばさらに短くなる。だからまぁ、二十時間もあれば全て視聴することは可能だと思うよ」

「いや、そういう問題でもなくて……というか寝る時間とかまったく考慮されてないですよね、それ……?」

「睡眠なんて甘えたこと言ってんじゃねえ! アニメを見るのは遊びじゃねえんだよ! 死ぬ気で見ろ! 今からな!」

「い、今から? 今は勤務時間中ですよ? そんなの見て遊んでいる場合じゃ――」

「アニメを見るのは遊びじゃねえっつってんだろッ!!!!!!!」

「ぎゃーッ!」

 再び容赦ないロケットパンチが飛んできた。

 ――何があっても驚くな。受入れろ。

 剣斗の頭の中では、紗久良さくらの言葉がずっと反響していた。

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