4,配属

(……とは言ったものの、いったいどんな部隊なんだ、そのM.G.L.Fってのは……?)

 将軍の前を辞してから、剣斗はとても難しい顔をしていた。

 どんな部隊に配属されても挫けずやっていこうと意気込んではいたが、しかしいざ聞かされたのは名前すらない、しかも公にはなっていないという謎の部隊だった。

「……あの、宮鄕大将。閣下はM.G.L.Fという部隊がどういう部隊であるかご存知ですか?」

 剣斗は前を歩く宮鄕みやさと紗久良さくらの背中にそう訊いた。

 紗久良は歩きながら少しだけ振り返った。

「まぁそれなりには」

「どういった部隊なのでしょうか?」

「それについては――まぁ、見れば分かるとしか言い様がないな」

「見れば分かる……?」

「一つ、今のうちに忠告しておこう」

 おもむろに紗久良は立ち止まり、剣斗を振り返った。

 相手の顔がとても真剣なものだったので、剣斗は思わず背筋が伸びた。

 ダリア将軍とはまた違った迫力があった。ただ見られているだけのに、思わず冷や汗をかいてしまうほどである。

 剣斗けんとは思わず息を呑んだ。

「忠告、でありますか?」

「ああ。わたしから言えるのはただ一つだ――何があっても驚くな。受入れろ」

「……へ? ええと、それはどういう……?」

「言葉通りだ。あるがままを受入れろ。最初は戸惑うかもしれんが……まぁ、私個人としては、お前があの部隊でうまくいくように心から願っている。そう、心からな」

 そう言ってから、紗久良はおもむろに一枚のカードを差し出してきた。

 半透明のデータカードだ。それは可視化された情報データそのもので、物理的に実態のあるものではない。いわゆる主観的物体サブジェクティブ・オブジェクトというやつだ。

 この時代、世界都市コスモポリスにおいては『物理的に存在しなくていいもの』は全て主観的物体サブジェクティブ・オブジェクトへと置き換えられている。人間が生み出すものは最終的にゴミにしかならない。世界都市コスモポリスには、かつての世界のように広大な領土と資源があるわけではない。可能な限り資源はリサイクルされ、不必要なものはそもそも生み出さないようにされている。情報技術分野は主観的物体サブジェクティブ・オブジェクトへの置き換えが最も進んでいる分野の一つだ。

 受け取ると同時にプロテクトが解除され、データは剣斗のプライベート・キャビネットにダウンロードされた。

 都市市民コスモポリタンはみな首元にパーソナル・アシスタント・デバイス、通称PADと呼ばれるブレイン・シンク・インターフェイスを取り付けている。

 これは使用者の脳と同期しており、意識上に様々な付加情報を投影させている。主観的物体サブジェクティブ・オブジェクトは視覚情報だけでなく、触覚情報も付加された情報体なので、意識上では物理的に存在するように感じられるわけだ。

「……え?」

 視界に映し出されたデータカードの中身を見て、剣斗はちょっと驚いてしまった。

 データカードの中身は彼女のプライベートアドレスだったのだ。

「あ、あの、これは閣下のプライベートアドレスでは……?」

「そうだ」

 剣斗は戸惑ったが、紗久良はなにごともなさそうに平然と頷いた。

(……な、なんでいきなり? プライベートアドレスなんて、普通は家族か親しい友人くらいにしか教えないと思うんだが……なぜオレのような新米ニュービーに?)

 いまいちよく分からなかったが、まさか「いりません」などと言えるはずもない。若く見えるとは言え、相手は司令部の将校――というか副司令だ。新米ビュービーごときが口答えできる相手ではない。

 ……というのは社会的な建前で、剣斗けんとはいま正直なところ別の意味でとてつもなく動揺していた。

「……」

 思わず唾を飲んでしまった。

 そう、何を隠そう……実は剣斗けんと宮鄕みやさと紗久良さくらの大ファンだったのだ。

「どうかしたか?」

「!? い、いえ、なんでもありません!」

 思わず声が裏返った。

 訳が分からない以上に色んな意味で手が震えた。

 そんな彼の心情を知ってか知らずか、紗久良さくらは「うむ」とそれらしく頷いた。

「竜道、何か困ったことがあれば遠慮無くわたしに相談しろ。少なくとも、わたしはお前の味方だ」

「え、ええと? あ、ありがとうございます……?」

「ではな。お前の武運長久を祈る」

 紗久良は踵を返した。

 だが、すぐに立ち止まって、

「ああ、そうそう。それと、わたしのことは閣下などと呼ばなくても良い。紗久良お姉さんと呼べ」

 と、冗談っぽく笑いながらそう言った。

 確かにその時の彼女の顔は、雲の上の存在である将校というよりは……ちょっと年上のお姉さんにしか見えなかった。


 μβψ


「……づはぁ、き、緊張した」

 紗久良さくらとわかれてから、剣斗けんとは大きく息をついていた。

(心臓が破裂するかと思った……話を出来ただけでも死ぬほど光栄だと言うのに、アドレスまでもらってしまうとは――)

 思わず呆けていたが、すぐにはっとした。

(いや、浮かれるな。これからが本番だ。気合いを入れなくては)

 剣斗けんとは自分に気合いを入れ直した。

「……ここか」

 そして、とやらのある部屋にまでやって来た。

 よし、と小さく声に出してから扉の前に立った。

 すると認証が始まり、すぐに扉が開いた。

「失礼します! 今日からこの部隊に配属されることになりました竜道りゅうどう剣斗けんとです! よろしくおねが――って、あれ?」

 室内は無人だった。

 部屋の中は何だかガランとしていた。

 整理整頓が行き届いている――というふうではない。何だか使われていない部屋にでも来てしまったみたいだったのだ。

「……おかしい。確かにこの部屋のはずなんだが――ん?」

 ふと、何気なくそれが目に入った。

 壁際の棚に変なオブジェクトが置いてあった。

「……なんだこれ?」

 妙にできの悪いオブジェクトだ。壊れた何かを接着剤で無理矢理修復した――みたいな感じだが、元が何だったのかよくわからない。形がとても歪で、何やら怪しい儀式に使われる黒魔術的なシンボルのようにも見えた。

 それから、改めて部屋を見回した。

(……ここ、どう見ても使用感ないよな。というか特別部隊の部屋っていうにはちょっと狭すぎるような気もするし……いったいどうなってるんだ?)

 首を傾げて部屋を見渡していると、今度は別のものが目に入った。

 室内にはデスクが二つだけ、向かい合うようにして置いてある。

 一つは何も無いデスクで、もう一つはやたらとごちゃごちゃしたデスクだった。

「……これ、もしかして物理的デバイスか?」

 ごちゃごちゃしたデスクには備え付けのディスプレイ、そしてキーボードなど、今どき珍しい物理的デバイスが備え付けられていた。

 それだけでも珍しいのだが、他にも人形が所狭しと並べられていた。

 なぜかどれもこれも可愛い女の子の人形ばかりだ。

 てっきり主観的物体サブジェクティブ・オブジェクトだと思って一つに触れてみて、剣斗はすぐに「おや」と思った。

「……本物だな、これ」

 それらはどうやら実物のようだった。

 なんでこんなものが……と手に取ってしげしげと眺めていた。

 すると、

「おっと、それには触らないほうがいいよ。それは全てりんごの私物だからね。壊したら怒られるよ。どれもこれも旧世界の遺物で、かなり貴重品みたいだからね」

 と、後ろから声がかかった。

「おわ!? す、すいません!」

 慌てて人形を戻して振り返ったが、そこには誰もいなかった。

「……あれ? いま確かに声が……?」

「ここだよ、ここ」

 きょろきょろしていると足元から声がした。

 足元? と思って視線を下げると――そこには一匹の黒猫がちょこんと座っていた。


 μβψ


「やあ、ぼくはアルゴスだ。君が竜道りゅうどう剣斗けんとだね?」

「……」

 黒猫はとても気安く挨拶をかましてきた。猫から話しかけられるのはさすがに初めてだったので、剣斗はただ面をくらっていた。

「おや、どうかしたかい?」

 黒猫は小首を傾げていた。その様子とくれば、自分自身の異質さを完全に意識していないかのようだ。もしくは分かっていてすっとぼけているか。雰囲気的には恐らく後者である。

「……猫?」

「失礼、ぼくは故あってこんな姿を借りているけれど、中身はちゃんとした人間だよ」

「あ、ああ、なるほど。じゃあつまりそれは猫の姿をしたアバターということか」

「まぁそんな感じかな」

 試しに剣斗は黒猫に触れようとしてみた。

 表面には触った感触が生じたが、手はそのまま猫の身体をすり抜けてしまった。なるほど、これは確かに本物ではない。

「……どうして猫なんだ? そんなふざけたアバターなんて使ってたらさすがにお偉いさんから怒られるだろう? 趣味で使うならまだ理解できるが……ここ職場はだぞ?」

「別に怒られることなんてないさ。ぼくはいたって真面目にこのアバターを使っているし、これは司令部からも許可を得ていることだからね。少なくともここでこの姿に文句を言ってくるような人なんていないよ」

 と、黒猫は可愛らしい男の子みたいな声でぺらぺらと喋った。

「ところで、ぼくはいちおうこの部隊の所属で、階級的には君より上位になるんだけども」

 黒猫は付け足すように言った。

 猫の姿でそう言われてもピンとこない剣斗は、やはりため口で聞き返した。

「そうなのか?」

「そうなのさ。ぼくに与えられた階級符号はOF4だ。つまり中佐だね。いちおう、この部隊では副隊長ということになっている」

「……は? 中佐? 副隊長?」

「そうだよ」

 剣斗は黒猫――もとい、アルゴスの言っていることの意味がよく理解できず、処理の追いつかないコンピュータのようにフリーズしてしまった。

 困惑する彼の脳裏に、つい先ほど紗久良さくらから言われた言葉がよぎった。

 ――何があっても驚くな。受入れろ。

(……え? こういうことですか? こういうことなんですか、閣下……?)

 彼がかろうじてフリーズから再起動することができたのはその言葉のおかげだったかもしれない。

「……え、ええと、アルゴス――じゃなかった。アルゴス中佐? 質問よろしいでしょうか?」

「なんだい? 上官として何でも聞いてあげようじゃないか」

 心なしか、黒猫――アルゴスは少し胸を張ったように見えた。

 聞きたいことは山ほどあったが、まず剣斗はこう訊いた。

「……なぜ中佐は猫なんですか?」

「それはとても良い質問だね、竜道りゅうどう少尉。差し支えなければ親しみを込めて剣斗けんとと呼ばせて貰ってもいいかな」

「ど、どうぞ」

「ぼくがなぜ猫なのか。犬でも猿でも雉でもなく、どうして猫なのか。加えて言えば黒猫なのか。それは簡単だよ、剣斗。ここの隊長がモモタローではなく、魔法少女だからだよ」

「すいません、言っている意味がよく分からないんですが……?」

「分からないかい? 魔法少女のお供と言えば黒猫だろう? つまり様式美というやつだよ、これは」

「えーと……?」

 ますます分からなかった。

 剣斗は理解することを諦め、質問を変えた。

「ええと、それじゃあ他の部隊の方々は? 今は誰もいないようですけど……出動中ですか?」

「まぁそうだね」

「だったらすぐに自分も行ったほうがいいでしょうか」

「ああ、いや、それは大丈夫だよ。というかここの部隊は、ぼくともう一人しかいないから」

「え? それってつまり……二人しかいないってことですか?」

「まぁそうだね」

「……二人だけの部隊なんてあるんですか?」

「少なくとも他にはないだろうね」

「……じゃあ、なぜここは二人なんです?」

「ここは数ある特別部隊の中でもさらに〝特別〟だからね。あらゆる特例が許されているんだよ。まぁぼくはちょっと特殊な配置だから、実質的な隊員は一人だけだけども」

「一人だけ……?」

 いったいどういうことだろうか?

 と、それは剣斗が首を傾げている時のことだった。

「あー、疲れた疲れた」

 彼のすぐ横を妙ちくりんな服装をした女の子がトコトコと歩いて通り過ぎた。

 どこからともなく現われ、ごくごく自然な感じで隣を通り過ぎていった。

「……」

 あまりにも自然に現われたのですぐに反応ができなかった。

(……え?)

 思わず後方の扉を振り返っていた。扉が開いたような音はまったくなかったし、やっぱり開いたような気配もまったくなかった。なのに、女の子はまるで当たり前のように部屋の中にいるではないか。

(な、なんだ……? この子いまどっから出てきたんだ?)

 現われたのは女の子だった。本当に丸っきり子供である。

 まず金髪が目立った。その金髪を結った大きなおさげを二つ左右に揺らして、てっぺんには堂々たる跳ねっ返りのくせ毛がそそり立っている。歩く度にそれもみょんみょんと大きく揺れていた。

 ぱっと見は可愛らしいが、よく見ると目付きは悪い。見た目に反して精神はよほどやさぐれているのか、漂う雰囲気は月の残業時間が百時間を超えている労働者のそれだ。

 女の子はそのまま散らかり放題の例のデスクに向かい、ぴょんとリクライニング・チェアに飛び乗った。

「あー、この椅子の座り心地は最高だなあ、ほんと」

 現われるなりまったりし始めた。何度も言うが見た目だけは可愛らしい。しかし、その雰囲気はやはり仕事に疲れたおっさんのそれだ。

「……」

 剣斗は目の前の変化についていけなかった。アルゴスを最初に見た時よりも目が点になってしまっている。

 子供だ。子供がいる。

 しかもただの子供じゃない。なにか……よく分からないが変な服装をしている。

 その服装をどのように表現していいのか、彼にはよく分からなかった。とりあえず何だかひらひらしていて派手だ。少なくともまともな人間の着るものではない。

 よく見ればデスクの上にも似たような格好をしているフィギュアが置いてあるが、剣斗もそこまでは気がついていなかった。

(え? 誰? 誰なんだ、この子? お偉いさんの子供か?)

 まず、ここは子供が出入りしていい場所ではない。二つ目に、こんなふざけた服装をしていい場所でもない。まぁ少しくらいは制服を着崩すことくらいあるだろうが、そもそも制服を着ないという暴挙など許されるはずがない。特別兵トルーパーと言えば都市市民コスモポリタンたちからは尊敬と羨望の眼差しを惜しみなく注がれる存在なのだから。

 それが、これだ。

 というかそれ以前に子供だ。子供なのだ。その時点で全てがおかしかった。

「やあ、おかえり、りんご。ご苦労様だったね」

 だというのに、アルゴスは至極当然のように女の子に声をかけていた。その声の気安さとくれば、まるで同じ部隊の仲間にでも声をかけているかのようだ。

 剣斗は女の子を指差しながら、アルゴスに聞いた。

「……あの、アルゴス中佐? この子供は誰ですか?」

「あ、剣斗それは――」

 アルゴスがまずい、と言った声を出した。

 しかし、その時にはもう手遅れで、剣斗の顔面に拳がめり込んでいた。

「ぐはぁ!」

 吹っ飛んだ。

 剣斗は何が起きたのか分からず、顔を押さえたまま地面に転がっていた。

 すると、目の前にさっきの女の子が仁王立ちしていた。

「おい、貴様……いま誰を指差してガキだって言った? ああん? 誰がチビでちんちくりんでロリで見た目が違法存在だって、ええ?」

 女の子が怒っていた。それはもう怒髪天を衝く勢いというか、実際にツインテールが重力に反逆して逆立っていた。

 空中を飛んでいた女の子の右腕が戻ってきて、ぽん、と彼女の腕にくっついた。どうやらさっき剣斗を殴ったのはその宙を飛ぶ右腕のようだった。

「い、いやちょっと待て! その腕はなんだ!? いま飛んでなかったか!?」

「見りゃわかんだろうが! どっからどう見てもロケットパンチだろうが!」

「何で腕が飛ぶんだよ!?」

「ふんぬぅ!」

「ぐふぁ!」

 もう一発ロケットパンチが飛んできた。

 剣斗の顔面にめり込んだ後、腕は素早く彼女の腕に戻った。

「は、鼻が……」

「……おい、貴様。だいたい誰にそんな舐めた口をきいている? 見たところのようだが、上官に対する口の利き方は特別訓練学校じゃ学んでこなかったのか? それとも分かっていてそんな口調なのか? だとしたら褒美にもう一発くれてやらんでもないぞ?」

 女の子が胸ぐらを掴んで凄んできた。あえて何度も言うが見た目だけは可愛らしいのである。しかしそれは見た目だけで、中身は得体の知れない〝何か〟としか言いようがなかった。その迫力とくれば、特別訓練学校時代に散々お世話になった教官よりもよほど凄みがあった。

「まぁまぁ、落ち着きなよりんご。彼はまだ何も知らないんだ。そのあたりで勘弁してあげなよ」

 アルゴスが仲裁に入った。それで女の子は興がそがれたのか、盛大に舌打ちをかましてから剣斗を乱暴に解放した。

(な、なんだこの子供は!? 凶暴過ぎるだろ!?)

 剣斗が困惑していると、アルゴスがマイペースにこう説明した。

「説明が遅れて悪いね、剣斗。紹介するよ。彼女がこの部隊の隊長だよ」

「……は? た、隊長?」

「そうさ。つまり、彼女が君の、直属の上官だ」

 アルゴスは頷いた。

 剣斗はもう一度、相手を振り返った。

 彼女はどこからどう見ても子供だったが、態度だけはまったく子供らしくない感じで、

「ふん」

 と、とにかく偉そうに鼻を鳴らした。

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