3,新米《ニュービー》
――
この日は特別部隊に新しく配属される隊員たちの入隊式が行われていた。
場所は本部にある多目的ホールだ。とても広いホールで、何かしら式典をやると言えばとりあえずここである。
新隊員たちは全員で三十名ほどだった。
引き締まった顔つきの新隊員たちの前に、一人の男が出てきて壇上に立った。
アンセルム・ダリア。
階級符号はOFー10。つまり将軍だ。
今年で年齢は60を越えているが、白髪以外に老いた様子はまるでない。大柄で引き締まった肉体は現役と言われても納得しそうになる説得力があった。
自身もまたかつては
ダリア将軍は隊員たちの顔をじっくり見回してから、重々しく口を開いた。
「……諸君らはこれより、秩序を守るための楯となり、また矛とならねばならない。かつて、この世界は秩序を完全に失った。空は崩れ落ち、地上は燃えさかり、人は人である意義さえ見失いかけた。あの時人類に残されていた道はただ一つしかなかった。霊長の座を捨て、数ある獣の内の一つに落ち、残された大地を奪い合い、殺し合うだけの混沌の道だ。しかし、そうはならなかった。いまこの世界に秩序があるのは、人間が人間としての尊厳を諦めなかったからに他ならない。一度消えかけた灯火を、我らの先代はかろうじて守ってくれたのだ。ならば我々はその灯火を継がねばならない。守らねばならない。未来へ継承せねばならない。諸君らに託された使命は重い。その命を賭してでもやり遂げなければならないことだ。故に我々は、これよりきたる若き諸君らを大いに歓迎する。我らが新しき同志として、共に秩序を守るために戦おうではないか。諸君らのこれからの活躍に期待して訓示とする」
そこでダリア将軍は一息置いて、胸元に拳を当ててから、宣誓のように大声を張り上げた。
「新世界秩序よ、永遠なれ!」
すぐさま新隊員たちが一斉に同じポーズをとり、声を張り上げた。
「新世界秩序よ、永遠なれ!」
訓示は終わった。
その後も式典はつつがなく進んで、そのものは無事に終わった。
……式そのものは。
μβψ
(なぜ、オレだけが別室に呼ばれることに……?)
精悍な顔つきの少年だった。
いかにも真新しい
特別訓練学校に在籍中の総合成績は、同期の中では常にトップだった。
座学、戦闘訓練、
剣斗は天才ではない。
彼がトップで居続けられたのは、強い目標が存在していたからに他ならない。
(入隊式の最後には任命があるはずだ。そこでどの部隊へ配属されるのか任命されるはずなのに……)
入隊式は任命式も兼ねているので、最後に一人一人名前を呼ばれて司令であるダリア将軍から直々に辞令を告げられるはずなのだが、なぜか剣斗だけはその場で辞令を下されなかった。
あれ?? オレは?? と首を傾げているうちに式が終わってしまって、困惑しているところに突然、迎えがやってきたのだった。
「どうした? 緊張しているのか?」
考えながら歩いていると、前を歩く女性から声をかけられた。
剣斗は慌てて顔を上げて、
「あ、いえ、そういうわけでは」
と、真面目な顔つきで答えた。
そうか、と女性は再び前を向いて歩き出した。
彼はいま、とても緊張していた。晴れて
しかし、彼は入隊式の時以上に落ち着きがなかった。その視線はさきほどから何度も前を歩く女性将校へと向けられている。
(……それにしても、まさか入隊式でいきなり本物の宮鄕大将に会えるとは……しかも向こうから呼びに来るなんて危うく心臓が止まりかけたぞ)
剣斗の前を歩いているのは一人の女性だった。
確かもう三十代近い年齢の筈だが、
もちろん初対面だが、
というより、
宮鄕紗久良。
数年前まで現役の
見た目はとても若い。しかし、彼女は紛れもなく大将なのである。
というのも、彼女こそが六年前にこの
――〝大災害〟。
それは六年前、夥しい数の死者、行方不明者を出した未曾有の〝災害〟である。
都市が始まって以来、最悪の〝災害〟であった。
それを食い止めたのが彼女――宮鄕紗久良であり、そして彼女が所属していた特別部隊である。
彼女たちのおかげで救われた
もちろん、
(し、しかしなぜ宮鄕大将がオレなんかを呼びに……?)
表向きは粛々と後着いて歩いているが、彼は内心ではかなり動揺していた。
やがて、
「ここだ」
「……ここですか?」
いったい何の部屋だろう、と剣斗は訝った。
彼女が目の前に立つと、認証によって許可されたのか、扉が勝手に開いた。
中は執務室のようだった。
しかし、誰もいない。
「……あの、この部屋は?」
「ここで少し待っていてくれ。あ、そこのソファに座ってていいぞ」
それだけ言うと、紗久良は部屋から出て行ってしまった。
え? と思っている間に部屋に取り残されてしまった。
(……ええと、何なんだいったい?)
よく分からないが、とりあえずソファに座った。
それからけっこう待った。
二十分くらいは経っただろうか。
さすがに剣斗も少し落ち着きをなくしてきたところで、唐突に部屋のドアが開いた。
「すまない。待たせたようだな」
誰か来たようだ――と思って振り返ると、そこにはとてつもなく見覚えのある人物が立っていた。
現われたのは、先ほど訓示を行っていたダリア将軍その人だったのだ。
「こ、これはダリア将軍閣下!?」
剣斗は即座に立ち上がり、直立不動で敬礼した。
うむ、と頷きながらダリアは向かいのソファに座った。
「竜道少尉、楽にしたまえ」
「はっ!」
剣斗は敬礼を解いた。
そこで気がついたが、紗久良もいっしょだった。彼女は将軍の側に控えるように、静かにソファの後ろに立っていた。
ごくり……と剣斗は生唾を飲み込んだ。
(アンセルム・ダリア……すごい気迫だ。目の前にいるだけでこっちが圧倒されそうになる)
鋭い目付きでこちらを見やる将軍の視線に、剣斗は少しばかり冷や汗をかいていた。表向きは平静を装ってこそいるが、内心ではちょっとビビっていた。
まぁとにかく座れ、と将軍に促され、剣斗は非常に恐縮しながらソファに座った。
「君のことはよく聞いている、竜道少尉。今年の新隊員たちの中では、君がトップの成績だったそうだな」
「は、はい。僭越ながら……」
「恐縮する必要は無い。それが君の実力だ。して、君を呼んだのは他でもない。君には少しばかり、特殊な辞令が下っているのだよ」
「……特殊な辞令、ですか?」
うむ、とダリアは大きく頷いた。
「君がこれから配属されることになるのは、公にはされていない部隊なのだ」
「……公にされていない部隊、ですか? それはなんという部隊でしょうか?」
「正式な名前はない。ただ〝M.G.L.F〟とだけ呼称されている」
「M.G.L.F……?」
剣斗は首を傾げずにはいられなかった。
特別部隊の部隊名というのは隊長が名を付ける習わしだ。現役の有名どころで言えば栄光部隊、不滅部隊、鉄槌部隊が名の知られた特別部隊だ。
部隊名は部隊の性格や気質を示すものであるし、何より自分たちの存在を語る上でとても大事なものだ。故に、名前のない部隊というのはそもそも聞いたことがない。
ダリア将軍は大真面目な顔で続けた。
「M.G.L.Fは非常に特殊な部隊だ。並大抵の者にはとうてい務まらないだろう。だが、君は非常に優秀な人材であると聞いている。君ならば、そこへ入るに相応しいだろう」
ダリア将軍はおもむろに立ち上がった。
はっ、としたように剣斗も立ち上がった。
「竜道少尉。君にM.G.L.Fへの配属を命じる」
「はっ! 了解であります!」
ばっ、と剣斗はすかさず敬礼した。
もちろん内心ではなんのこっちゃだが、ここではそれ以外に返事のしようがない。
「……」
この時、剣斗は気がついていなかったが……彼を見る紗久良の目は、何やらとても鋭いものになっていた。
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