バルザ・レオール伝

怪奇!殺人猫太郎

第1話

 クラリアント共和国に暮らす者にとって、バルザ・レオールの名は特別な響きを持つ。

 私たちが彼の名を口にするとき、そこには必ず、憧憬と親しみの響きが伴う。

 我が国が共和制に移行するよりも遙か昔に生まれた英雄が、なぜこうも神聖視されるのか。他国の人々は奇異に感じるだろう。


 なぜ今日なお、バルザ・レオールの名は特別な響きを持つのか。

 クラリアントの民に理由を問えば、こう答えるだろう——バルザ・レオールは一つの文明であったからだ——と。

 クラリアントの長い歴史の中には、さまざまな賢王が登場する。たとえば、旧王国を打ち立てた〈はじまりの王〉パルマ一世。あるいは、聖王国中期にアドラ教会の腐敗を押しとどめた〈半月の王〉ナジェラ七世。共和制への移行を果たした〈最後の王〉フリンク二世。いずれも稀代の名君である。

 しかし、彼ら個々人の成したことは畢竟、一国の政治改革に過ぎない。

 対して、バルザがもたらした変化は、クラリアントとその周辺地域の文化に及ぶ。人々の生活、価値観、社会の仕組みを根底から覆すものであった。

 王ならぬ身にして——否、王ならぬ身であるからこそ、彼はすべてを変えた。


 バルザ・レオールは何者であったのか?

 彼が生きた時代において、ある者は彼を聖人と呼び、また別の者は背教者と罵った。

 バルザ自身は、自らの肩書きを人に問われれば、「旅人だ」と笑って返したという。

私がこれより記す書は、バルザが歩いた、長い旅の物語である。


——聖アドラが残した原始聖典を求めて、西の彼方クルギスを目指した旅行記。


——山の民が奉じる黥身の巫女を娶り、草原の民を打ち破った冒険譚。


——枉げられたアドラの教えを正し、聖者の言行録。


——国を二つに分かつ大乱を起こし、それを沈めた英雄の戦記。


 私はクラリアントに残る文献、口伝をことごとく蒐集し、旅人バルザが歩んだ道のりと、彼の真の姿をここに記す。




      『バルザ・レオール伝——クラリアント年代記・第十三章より』

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