第49話
「まさか知らない間に徳を積んでいただけでなく、神通力に触れていたとは……。さすがに思ってもみなかった事だな」
「そうよねー。私もサクヤがこの世界に来る前にそんな事があったなんて、思ってもみなかったわ!」
俺の言葉にミーシャはそう言って、少し微笑んだ。
そんなミーシャを見て、俺も微笑み返そうとした時、クロームが軽く咳払いをして口を開く。
「助かって安心したところに、水を差すようで悪いけど……。サクヤ、次は無いわよ!」
その言葉に俺とミーシャの表情は険しくなった。
「次は無いとは、どういう意味だ?」
「そうよ! 時の力には耐性ができたんでしょ!?」
俺の発言に続いて、ミーシャもそう言う。
「サクヤが耐えられたのは、あの人間が神通力を完全に、自分の力として使いこなせていなかったからよ!」
クロームはそう言い、俺を鋭い目つきで見つめる。
「クロウドが神通力を使いこなせていなかった……だと?」
俺が驚いて発した言葉に、クロームは口を開く。
「そうよ。そうじゃなかったら、サクヤはここには居ないもの。あの男は自分の力に絶対的な自信を持ってる。しかも、神の力でさえ自分が元々持っている力であるかのように思って使っていたわ」
確かにクロームの言う通りだな。彼女は冷静にクロウドの事を分析しているようだ。
そういえば、俺をこの世界に転移させた時にも、クロウドは
「俺を消滅させる力を出せなかったのは、神を冒涜したあげく、奴の傲慢さが仇になったという事か?」
「そういう事よ。……まあ、冒涜と傲慢はちょっと前までの話だけどね」
俺の問いにクロームはそう言った。
「という事は、今のクロウドは以前とは違うのだ。そう言いたいのか?」
クロームの言葉に対して、俺は聞き返す。
プライドの高いクロウドに限って、そう簡単に自分を変えるなどという事は無いと思うのだが……。
「ええ違うわ。正確には、サクヤがリヴァイアサンを討伐してから、今までの間に変わったのよ」
クロームはそう言った。
クロウドは俺を本気で殺すつもりだった。
そのために創造した化け物、リヴァイアサンをこの世界に転移させて、ボルドーの海域に出現させたのだから。
だが、俺はリヴァイアサンをいとも容易く討伐してしまった。
それがクロウドを変えてしまったのだろうか。
「変わるにしても……たったの一日二日で、プライドの高いあの男が変わる、とは思えないが」
「変わるわ。忘れたの? この世界とサクヤが元いた世界とでは、時が違うって言ったでしょ?」
俺の言葉に対して、クロームはそう言う。
クロームの言う通りだ。
時が違うという事は……この世界は、俺の転生した世界の過去であり現在、そして未来にもなる。
ここで一日二日経過している間にも、クロウドが残った世界では数ヶ月、数年単位の時が流れていると解釈するべきなのだろう。
「クロウドは、神の力は自分の力ではないと認めたというのか?」
「そういう事になるわ。信じられないなもしれないけど、私は遡行夢であの男が魔法の鍛錬をしているところを見たわ」
俺の問いにクロームはそう言った。
そして、クロームは透き通った赤い眼で俺を見つめる。
クロウドの性格を知っているからこそ、にわかに信じがたい。
クロウドの行動を聞いた俺は、正直なところ半信半疑だったのだが、クロームの真剣な眼差しが、冗談を言っているようには見えなかったので、信じることにした。
「ここに転移する前よりも、クロウドは身体能力や魔力を鍛え上げた。そして、近いうちに俺を殺しに来るという事なのだな?」
俺はクロームに問う。
「サクヤの言ってる事は、間違いないわ。だけど、この鍛錬から先の事は遡行夢でも見れなかったわ」
クロームは、俺の問いにそう言った。
遡行夢で見る事ができないのなら、それは過去の出来事ではなく、未来の出来事だという事になる。
別の時である、俺が元々存在した世界ではなく、俺やミーシャの居るこの世界での話なのだろう。
「そんな……サクヤ、どうするのよ!?」
ミーシャはそう言い、目を見開いて驚いている。
「戦うしかないだろうな」
俺はそう言ってミーシャを見た。
そうしなければならない事態が、俺に迫っているのかもしれないのだ。
「────!!」
その時クロームは何かを察したのか、身体をビクッと震わせた。
俺はクロームに反応して問いかける。
「クローム、どうしたのだ?」
「嫌な予感がする……。たぶん、あの男が来るわ!!」
クロームは俺の問いにそう答えた。
「どういう事だ!? クロウドが来るというのか?」
「たぶんね……。これは私の勘よ。だけど、外れた事無いわ」
俺の言葉に対してクロームはそう言い、こちらを見ながら瞬きをした。
時の神の神通力を持ち、その使い方を覚えた相手に、俺が勝つ方法はあるのだろうか。
俺は勝ち目が薄い事から迫る不安を振り払うように、奥歯をギュッと噛み締めた。
仮に無いとしても、アリアを討たれたのだから、俺はその仇を討つだけだ。
「サクヤ!!」
ミーシャが俺の名前を叫びながら、こちらへ歩いて寄ってくる。
名前を呼んで近付くミーシャに気付いた俺は、彼女の方を向いた。
──その瞬間、ミーシャは俺にキスをした。
そしてミーシャは、腕を俺の腰に回して抱きしめたのだ。
柔らかい唇の感触、抱きしめられた温もり、ほのかに甘い匂いが伝わってくる。
「……ミーシャ?」
少しの時間が流れてミーシャの唇が離れると、俺はその名を呼ぶ。
「サクヤが弱気になってどうするのよ……。あんな男に負けるわけ無いじゃない!」
ミーシャは頬を赤らめたまま、俺を見つめて言った。
その行動で俺はある事に気付いた。
いきなりの事に驚いてしまったが、何故ミーシャは俺にキスをしたのか……。
その答えを考える必要は無かった。
弱気になってしまった俺を鼓舞するため。
そして、俺の身体に沸いてくる力が、何故ミーシャがキスしたのか、その意味を教えてくれたのだ。
「ミーシャ……ありがとう」
「いいわよ。少しはサクヤの役に立てたかしら?」
ミーシャは俺にそう尋ねる。
「ああ、十分にな」
俺はそう言ってククク、と笑う。
クロームの話を聞いて、ミーシャは俺に破滅の力を付与したのだ。
「そういえば、サクヤはほんの少しの時間で変わっちゃったわね……」
ミーシャは俺にそう呟いた。
「唐突に何を言っているのだ?」
「だって……。リヴァイアサンを討伐した時から、サクヤが纏ってる禍々しい力……。あんなの初めて会った時には無かったわ」
俺の言葉に、ミーシャは少し寂しそうな声で言いながらこちらを見つめる。
ミーシャの言う通りだ。
俺はクロウドからアリアを殺したと聞かされて、怒り任せに戦った。
その時におそらく、自分自身が無意識に制限していた魔力を全て開放したからだ。
そして、それは転移前に飲んでいた魔力を増強する錠剤の効果が出始めた時期でもあった。
「……俺が恐いか?」
「ううん。恐くないわよ。サクヤの力が変わっただけで、優しいところは変わってないもの」
ミーシャは、俺の問いかけに対してそう言った。
その直後、空に魔法陣が展開された。
そして、魔法陣の光で周囲が明るく照らされる。
「あの男が来たわ!!」
クロームはそう叫んで、俺を見た。
「アリアの仇は必ず討つからな……」
俺はクロームの言葉に頷き、誰にも聞こえない程小さな声で呟いた。
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