第47話
ほんの少しの間とはいえ、クロノスに接触したとクロームは言った。
そして、分霊術も使って接触した事を否定しなかった。
「その分霊は、俺にも接触したのか?」
俺は真実を確かめるべく、クロームを見てそう問いかける。
「案外簡単に気づくのね? それでは面白くないわ」
クロームはそう言い、口元を抑えながらフフフと微笑んで俺を見ていた。
「クロームさんは、サクヤに会ったことがあるって事?」
ミーシャはクロームを見ながら、近くに歩み寄ってそう尋ねた。
「破壊神ミーシャ……その通りよ。私はサクヤ
クロームは口元を抑えていた手を下ろして腰に当て、そう言ってミーシャを見つめた。
ミーシャは、クロームの返答が想像通りだったのか、特に驚いた様子も無く、やっぱりねといった表情でコクリと頷く。
「クロームが使える分霊術は、クロノスと同じ術式になるのか?」
俺は疑問をクロームに投げかけた。
するとクロームは視線を俺から逸らす。
「ほとんど同じよ。兄は何体も分霊を作れたみたいだけど、私にはそれができなかった」
遠い目をしながらクロームは俺にそう言った。
クロウドがクロノスと融合して覚えた分霊術。
あの男は、それを基礎構築に利用して、従来とは違う新しい分霊魔法を開発していた。
分霊というよりは、洗脳操作をする寄生虫のような根源と呼ぶ方が適している。
クロウドはそれを使って、七人の分霊を作りあげ、悪魔と呼ばれる本当の悪を討つと言っていたが、俺はそれに見事に騙されていたのだ。
さらに、分霊の一人だったアリアの父アルメスを殺して、それを悪魔の仕業だとでっち上げた。
そして、七体の分霊をわざわざ作って、それを宿した人間の記憶の、潜在的な部分を操作する。
その操作で分霊を学園へ集めて、悪魔を討伐するための分霊パーティーを組んだように見せかけた。
宿主の意思は既に支配されて、クロウドの……いや、勇者クロウの思うがままだった。そう考えるのが無難なところか……。
それに気付かなかった俺を、見事に信用させたという訳だ。
騙されてから気付いたのは、悔しくもあり情けない事なのだが、クロウドが俺にしてきた事を、冷静に分析する時間を得たのは大きかった。
こうして、悪魔という存在はクロウドであり、前世で戦った勇者クロウだったのだという結論に、確信を持って辿りつけたのだから。
「私は分霊に少しの神通力を与えた。その力を辿って、私は遡行夢を使ったの。そして兄やサクヤに接触させたわ。……分霊を完全に支配下に置くために、あの世界で使える呪いの魔法の力を使ったけどね」
クロームは俺を見ながら、淡々と語った。
「ちょっと待て。クローム、お前は通信魔法といい、呪いの魔法といい……何故魔法が使えるんだ!?」
クロームはあまりに自然な流れでそう言っているが、それはおかしな話だ。
ここに来るまでに出会った誰もが、魔法の存在すら知らなかったのだから。
しかし、クロームは魔法の存在を知っているうえ、それを使う事ができる。異常な事態ではないか。
「そんなの……兄を観察していたらすぐ覚えたわ」
「すぐ覚えた……か」
俺はクロームの言葉に絶句した。
クロームは簡単そうに言っているが、魔法を知らない状態からの習得が、どれほど難しい事なのか俺でも分かる。
ましてや、魔力の存在自体が知られていないこの世界で。
努力を必要とせず、容易く欲しい力を習得できる天才と呼ばれる存在が居るとすれば、その極稀な例が彼女なのだろう。
そう考えなければ、この状況を理解できないだろう。
この世界にも魔法磁場が存在する。
俺が魔法を使えた段階で、それは確証を持つことができた。
この世界に魔法磁場が存在する事が奇跡なのだが、兄を観察しただけで魔法を習得したという、クロームもまた奇跡のような存在だ。
そして、それだけの芸当ができる、底知れぬ魔力と神通力を、クロームは隠しているような気がする。
俺が理想とする力を持った存在。その
クロームという、数多の神通力を持つ少女への、尊敬なのか畏怖なのか、それとも嫉妬や興味からなのか……入り混じった感情が俺の口角を上げる。
「クローム……大した存在だな」
俺はそう言うと、ニヤリと笑いながらクロームを見た。
「私が?」
クロームは何の事やらといった態度で俺を見ながら返事をする。
とぼけているのなら、答えを言ってしまおうか。
そう考え、俺は口を開く。
「そうだ。そして、クロームの分霊だったアリアもな」
「えっ!? アリアちゃんって、クロームさんの分霊だったの?」
俺の言葉にミーシャは間髪入れずに、驚いた表情で言った。
クロームは、ミーシャの反応にクスッと笑い、口を開いた。
「たしかに、アリアは私の分霊よ。だけど……サクヤに出会った時には、もう『本来のアリア』は存在してなかったわ」
「それはどういう事だ!?」
俺はクロームに、感情をそのままに声を大にして問う。
アリアはクロームの分霊……。
だけど、分霊と一体化する前の身体は、俺と出会う前に既に存在していなかった。
つまり、アリアは俺と出会う前に死んでいたという事か?
意味が分からない……。
それが事実なら、俺が見たアリアは何者なのだ?
「分霊によって人格と根源を形成して、時の力を使って蘇生したの。蘇生したから、記憶と元の力を封印しておいたんだけど……。サクヤが解呪をするとは思ってなかったから、さすがに驚いたわ」
俺の求めた答えをクロームは淡々とした口調で言った。
「俺が解呪した事が予想外だったのか?」
「解呪ができるのは、前世のサクヤが産まれるよりも遥か昔……。賢者と呼ばれる、この世界を創造した人しかできないって言われてるわ」
そう言って、俺の質問に答えたクロームはニコッと笑った。
賢者なんて聞いた事無かったな……。
そもそも、解呪をする事は不可能に近いという事を初めて知った。
だが、俺は何事も無かったかのように、アリアに対して解呪ができてしてしまったようだ。
「そうか……。それで、解呪をした事でクロームにデメリットがあったのか?」
「私が人格を形成した分霊に、本来のアリアの記憶が混ざったり、感情が制御できなくて泣いたり……サクヤも傍で見てたんだから、聞く必要ないでしょ?」
クロームはそう言い、ジト目で俺を見た。
愚問だったか。たしかに、思い当たる節が無いといえば嘘になる。
解呪をしてから、時々アリアの様子が変だったような気がしていたが……。まさか巡り巡って紐解くと、こんな事になっているとは予想もできないだろう。
「聞く必要は無かったか……。すまなかったな」
「気にしなくていいわ。ところで、サクヤは
「本当の理由だと?」
解呪をした事で、迷惑をかけたと思い謝った俺に、クロームは話を断ち切ってそう尋ねる。
本当の理由とは一体何だ……?
俺が時間遡行の魔法を付与したペンダントが影響した。
それ以外に、何があるというのだろうか?
「……
クロームは、妖艶な眼差しで俺を見ながらそう言い、フフフと口元を抑えて笑っている。
俺は、アリアとキスした事を思い出した。
それが、クロウドの使った神通力に耐えられた事と、どんな関係があるというのだ。
そう思った瞬間、俺は背筋が凍りつくような感覚に陥った。
「へぇー。サクヤはクロームさんと……じゃなかった。……アリアちゃんとキスしてたんだー」
低いトーンの棒読み気味な声で、ドス黒いオーラを纏い、ミーシャは俺を見ながらそう言った。
以前ミーシャに転移する前の話をした際に、そこら辺の事情を端折ったのが裏目に出てしまったのか……。
ミーシャは口元はニコっとしているのだが、その目は瞳孔が開き……据わっていた。
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