第45話


「またボルドーの人達に聞いてみる?」


 ミーシャはそう言って、俺に提案した。

 今度は話が脱線しなかったので安心した。


「ここだと、それしか方法はないだろうな」


 俺もミーシャに同意して、部屋を出る準備を始めた。

 時間が経つのがあっという間に感じて、気付けば日も暮れ始めていた。

 ミーシャのおかげで、十分に休む事ができたので感謝だ。


 そう思っていると、部屋のドアをノックする音がした。


「どうぞー」


 ミーシャがそう言うと、ドアを開けて老夫が入ってきた。


「夜分に失礼します。魔王様と破滅神様……先日は街を守ってくださり、ありがとうございまた」


 老夫はそう言って、俺とミーシャに頭を下げた。


「礼には及ばない。俺とミーシャにとっては、当たり前の事なのだからな」


 俺は老夫にそう言って、ミーシャの方をチラっと見た。

 ミーシャも俺と目を合わせて、微笑んで頷く。


「そう言っていただけて、恐縮でございます……」


 老夫はそう言って、深々と頭を下げた。


「俺の元を訪れたのは、感謝を述べるためだけではないのだろう?」


 俺は老夫に問いかけ、ニヤリと笑う。

 そうでないと、わざわざここまで礼に来るのは考えにくい。


「はい……左様でございます。先日お二人が討伐された魔物が現れ始めた頃から、私の孫のクロノスとクロームがいなくなってしまいまして……」


「つまり、その二人を探し出せば良いのだな?」


「お爺さん、ここは私達に任せて!」


 事情を話してくれた老夫に、俺とミーシャはそう言った。

 徳を積むためであれば、どんな依頼でも受けるつもりでいるのだから。


「おお……魔王様に破滅神様……深謝いたします……」


 老夫はそう言って、再び頭を深々と下げる。


「礼はよい。それより、その二人を最後に見た時に、何か言っていなかったのか?」


 俺は両腕を組みながら、老夫にそう言った。


「……私が体調を崩した時でして……薬草を取りに行くと、言っておりました」


 老夫は俺にそう言って、情報を教えてくれる。

 薬草か……。

 元いた世界にも存在していたが、魔法が使える世界では雑草同然の扱いだったな……。


 魔法が使われない世界では、病気の治癒さえも大変なのかと思ってしまう。


「この辺りで薬草を取りに行くのなら、どこへ向かうものなのだ?」


 俺は老夫にそう尋ねる。

 とはいえ、この世界の地理は全く知らないので、ミーシャに案内してもらうしかないのだが。


「西の方角の森の中にある泉。その周辺に生えております」


 老夫はそう言って、俺とミーシャを交互に見た。


「なるほど……では、すぐに向かうとするか。行こうミーシャ」


「分かったわ! お爺さん、必ず見つけるから待っててね!」


 俺とミーシャはそう言って、ボルドーの西にある森へと向かう事にした。


「ミーシャ、森の周辺の地理は分かるか?」


 ボルドーを出てすぐに、俺はミーシャに問いかける。


「行った事があるから、ある程度は分かるわよ」


 ミーシャは任せてといった表情で、俺の問いかけに答えた。


「そこの景色を、思い浮かべる事は出来るか?」


「小さい頃に、パパについて行った時に見ただけだから……微妙にだけどいいの?」


 ミーシャは俺の方を見ながら、そう言った。


「それで十分だ。ありがとうミーシャ」


 俺はそう言い、ミーシャの額に手を当てて、記憶遡行魔法を発動した。


「え? サクヤ、どうしたの!?」


 急に額に手を当てられ、ミーシャは驚いて声を出した。


「ミーシャに微かに残っている記憶から、場所を特定して転移魔法ヴァンデルを使うんだ」


 俺はそう言って、ミーシャを見つめた。


 ミーシャが小さい時に連れて行ってもらったという、その記憶を視覚化して共有するための記憶遡行魔法。

 浮かび上がる景色に映る、木々や薬草に微かに宿る魔力を探る。

 魔力の波長が分かれば、あとは探索魔法で場所を特定すればいいだけの事だ。


「そういう事もできるの……?」


 ミーシャは不思議そうに俺を見つめて、そう尋ねた。


「当然だ。この世界に飛ばされてから、不思議な事に前世と同じくらいの魔力が、身体に宿っているのだ。だから、出来て当たり前なのだ」


 俺はミーシャにそう言い、クククと笑った。


「魔王様様ねー」


 ミーシャはそう言って、俺につられたのかクスッと笑った。


「特定した。ミーシャ、移動するぞ」


 俺はそう言って、ミーシャの手を握り転移魔法ヴァンデルを発動した。

 俺とミーシャの視界に小さく映っていた森の木々が、目の前にそびえ立っている。

 その森の中にある泉へ、俺とミーシャは向かった。 


「ホント、便利な魔法よね」


 ミーシャは歩きながら、俺を見てそう言った。


「神通力には、転移に似た類の力は無いのか?」


 俺もミーシャに歩く速度を合わせながら、気になり問いかけた。


「聞いた事無いわね……」


 ミーシャはそう言って、俺を見つめる。


 魔法は広く浅く、色々な事が出来るのに対して、神通力は狭く深く、特定の事に特化した力があると、そう解釈できるな。


「ミーシャに魔法が使えるのなら、転移魔法ヴァンデルを覚えさせたいところなのだがな」


 俺はミーシャにそう言った。

 実用的な魔法を覚えておけば、ミーシャに何かあっても生存率が上がるうえ、彼女にとって何かの役に立つだろうから。


「サクヤがそう言ってくれるだけで嬉しいわ。ありがとう」


 俺に対してミーシャはそう言うが、その表情は嬉しそうと言うにしては、少し曇っていたのだ。

 

 ミーシャは魔法を使う事ができない。

 彼女は人間ではなく、神人だから。

 ミーシャはそれを理解している。

 だから、覚えられない事が辛いのかもしれない。


 だけど、俺はミーシャが魔法を覚えられないなんて、微塵も思っていなかった。

 俺が、神人であるミーシャが魔法を使えないという、その概念を壊せばいいだけの事なのだから。


「俺が神通力を自在に使えるようになるという、その可能性があるのだから、ミーシャが魔法を使えるようになる可能性があっても、おかしくはないだろう?」


 俺はそう言い、ミーシャに微笑む。


「本気でそう思ってるの?」


 ミーシャは魔法を使える事を諦めているのか、冷めた表情で、俺に尋ねる。


「それは魔王に対する侮辱と捉えるぞ。 魔王が教えるのだから、使えないわけがないだろう」


 俺はそう答えると、真剣な表情でミーシャを見つめた。


「サクヤは常識に囚われないっていうか、それが無いわよね」


 ミーシャはそう言って、フフッと笑った。

 俺はミーシャに、非常識だと思われていたのか?

 それはこの際、どうでもいい事なのだが。


 そんな会話をしながら森を進んでいると、奥の方に人のような姿が見えた。


「ミーシャ、この先に誰か居るようだ」


 俺はそう言って、探索魔法を発動した。


「ねえ、サクヤ……あれって……」


 ミーシャは人影を見て、急に震え始めた。

 人影が俺とミーシャに気付いたのか、こちらに向かってくる。

 探索魔法で調べたところ、微量の魔力がある事が分かったが、敵意を感じないのが不思議だ。


「魔力は若干あるが、敵意を感じない。死霊にも似た感覚だな」


 俺は思った事をミーシャに伝える。

 この世界に、魔力を宿した神人がいると考えるべきか、それとも……。


「し、死霊って……。私そういうの苦手なのに……」


 ミーシャはそう言って、俺の腕に抱きついた。

 破滅神と呼ばれるミーシャだが、意外な弱点があったものだ。


 日が暮れているので、近くに来るまでその姿は分からない。

 俺は森全体を照らすように、無詠唱で照明魔法を発動した。

 すると、俺の周囲から魔法陣が浮かび、閃光が放たれた。

 その次の瞬間には、森全体が日中のような明るさになり、視界も開けた。


「女の子よね?」


 ミーシャは俺にそう言った。

 俺も人影の正体を見て少女だと認識したので、ミーシャに肯定して頷いた。


 死霊であれば透けていたり、霧のようであったり、そういった特徴があるはずなのだが……。

 それが無いという事は、生きている少女だ。

 だが、何かおかしい。


「ああ……。だが、これは一体どういう事だ?」


 俺はそう言って、少女を見る。

 森に入るという割には、薄着なうえ武器になるものはおろか、何も持っていない。

 もし少女が、老夫の探している二人のうちの一人ならば、薬草を取りに来る格好では無いので、違和感でしかない。


 それ以上に、その顔立ちが俺を驚かせた。


「……アリア……!?」


 少女はアリアの生き写しかと思うほどに、よく似ていたのだ。

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