第44話


 俺はミーシャの温もりに、いつの間にか安心感を感じていた。


「俺の方こそありがとう、ミーシャ」


 俺はそう言って、少し強くミーシャを抱きしめた。


「サクヤの気持ちは分かったから……」


 ミーシャはそう言い、ゆっくりと抱きしめていた手を離したので、俺も同じように離した。

 お互いに正面から見つめ合うような、そんな状態がしばらく続いた。


「なんだか照れるわね……」


 沈黙を破ってミーシャが言った。


「そうか? ククク……照れているミーシャも、なかなか可愛いではないか」


 俺はそう言いながら、ミーシャに微笑む。

 言葉もできるだけ、ミーシャが喜びそうなものを選ぶ。


 俺が暗い顔をしてしまえば、ミーシャは悲しむ。

 それならば、極端な話になるが、明るくなれば喜ぶのではないか。


 いや、何か違う……。


 ミーシャが喜べば、俺も明るい気持ちになれる。

 ああ、その方がしっくりくる。


「はいはい」


 ミーシャはそう言って、俺の選び抜いた言葉を、見事に受け流した。

 彼女に喜んでもらうのは、なかなか難しいようだ。


「そういえば、次の依頼を探した方がいいよな?」


 いつまでもゆっくりする訳にはいかないので、俺はミーシャにそう言う。


「んー、そうよね……。でも、今のサクヤの状態で魔物と遭遇したら、さすがに心配だし……」


 ミーシャは俺を気遣って、そんな事を言った。


「それは杞憂に過ぎない。俺は、ミーシャを守ると決めたのだから、魔物などに殺られはしない。安心していてくれ」


 俺はそう言い切り、ミーシャを見つめた。


 それは、俺がミーシャを死なせはしないと誓うためであり、落ち込んでいるだけの負の感情を、ここで断ち切るための言葉でもある。

 誰かを失うような事を、繰り返さないため。


「それでサクヤはいいの?」


 ミーシャは俺に、そう尋ねた。


「ああ、それでいいんだ」


 俺はミーシャを見つめて、真顔で言う。


 元いた世界で、俺はアリアに前世よりも幸せな人生を掴むと誓った。 

 アリアは俺の事を、魔王らしくないと言って微笑んだ。

 その時のやり取りを思い出す。


「きっと、サクヤの事だから……。……やっぱり何でもないわ、ごめん」


 ミーシャは何か言おうとしたが、少し申し訳なさそうな表情をして、途中で止めた。

 おそらく、アリアの事を言おうとしたのだろうが、俺を心情を察して気遣ったのだろう。


「気にするな。俺はミーシャが、そんな表情をするのを見たくはないぞ」


 俺が転生した事が全ての元凶なのだから、ミーシャが謝る必要なんて無い。


 俺と関わった事で、アリアは非業の死を遂げてしまった。

 それでも彼女は、それまでの短い人生を、幸せに過ごせたのだろうか?

 もし、アリアは幸せだったと解釈してしまうのなら、それは俺のエゴだ。

 彼女がこの先、さらに幸せになれる可能性は十分にあったのだから。


 俺はアリアの分まで、幸せを掴まなくてはならない責務がある。

 もちろん、それだけではいけない。


 この世界に来てから、俺を献身的に支えてくれた、ミーシャを幸せにする必要がある。


「サクヤ、なんだか急に雰囲気が変わったわね……」


 ミーシャはそう言った。

 一見、その表情は柔らかく、安心したようにも捉えられるのだが、それが俺には、どこか寂しそうな表情にも見えるうえ、不安を抱いているような声にも聞こえたのだ。


「変わった……か。それは、俺がミーシャを幸せにしたいと、そう思ったからなのかもしれない」


 俺はミーシャにそう言い、微笑んだ。


「もう! サクヤは……どうして、そんな言葉が浮かんで出てくるのよ!?」


 ミーシャは先ほどの表情から一変して、耳まで赤く染めながら、俺を見つめて言った。


 寂しそうな表情に見えたのは、俺の杞憂だったのかもしれない。


「本気だからだ」


 俺はそう言い、真っ直ぐにミーシャを見つめる。

 嘘を吐いても仕方ない。

 だから俺は正直に、そう言ったのだ。


「私まで、本気にするじゃない……」


 ミーシャはそう言うと、頬を赤くしながら少し俯いた。


「本気と捉えてもらえれば、俺としては嬉しいのだが」


 俺は少し困惑しながら、ミーシャに言う。

 ミーシャを幸せにすると、俺はそう誓った。

 だから、本気で捉えてもらいたいのだが……。


「私……嫉妬する方だし、束縛するかもしれないけど……いいの?」


 ミーシャはそう言って、少し上目遣いで俺を見つめる。

 普段見せない仕草に、少しドキッとしてしまったが、どうしてそうなったのだろうか。


 ミーシャが話を脱線させて、暴走するかもしれないな……。

 どうも、そんな気がしてきた。


「いきなり何を言い出しているのだ? 状況が理解できないのだが……」


 俺は困惑しながら、ミーシャにそう言う。


「……!!」


 ミーシャは顔を赤くしたまま、少しの間固まってしまった。


「嫉妬深いという事は、それだけ相手を想っているという事だ。それに、束縛するほど独占欲が強いというのも、相手に対する強い想いからなのだろう? まあ、俺としては、それは寧ろ大歓迎だがな」


 俺はそう言い、ミーシャを見つめて微笑む。


 先ほどミーシャは、内に秘めた嫉妬心と束縛癖の強さを告白した。

 それだけミーシャの心の中には、俺を支える強い気持ちと、優しさがあるのだという事になるだろう。

 それを俺は好意的に捉える。

 もちろん、嫌悪する感情など微塵もない。


「言わないで! もう、恥ずかしいから忘れて!!」


 ミーシャはそう言うと、ベッドに飛び込み、シーツの中に潜り込んでしまった。

 丸まった布の塊と化したミーシャに、俺は何と声を掛けてあげるのがいいのか悩む。


「……わかった。さっきの話は忘れるから、出てきてくれるか?」


 俺はミーシャにそう言った。


「絶対嘘だ! 忘れた頃に絶対からかうもん!!」


 ミーシャはそう言って、丸まったままシーツから出てこようとしない。


 そういえば、次の徳を積む話はどうなっているのだ?

 完全に話が脱線して、まだ具体的な話をしていないではないか……。


「絶対にからかわないと約束する。何なら、契約魔法を使っても構わないが」


 ミーシャをシーツから出てこさせるために、俺はそう言った。


「サクヤが何言っても、ここから出ないもん」


 ミーシャはそう言い返して、頑なに布団から出てこようとしない。


「そうか……。ところでミーシャは、いい女の条件って知っているか?」


 俺はそう切り返して、ミーシャに言う。

 話題を変える事で、ミーシャに布団から出す作戦を立てたのだ。


「どうしたのよ突然……。綺麗とか、スタイルがいいとか、そういうのでしょ? どうせ私にはありませんよー」


 ミーシャは卑屈にそう言って、拗ねてしまった。

 余計に出にくくなったのかもしれない……。


「そんな事はないぞ。いい条件っていうのは……俺がいい女だと思うかどうかだ! ミーシャには、それが見事に当てはまるのだ」


 俺はミーシャにそう言って、ベッドに静かに歩み寄る。


「ミーシャは優しくて、気遣いも上手い。さらに尽くしてくれるし、笑顔も可愛いくてよく似合う。……まだまだ挙げられるが、言ってもいいか?」


 俺はそう言いながら、シーツを掴もうと手を伸ばす。


 俺が掴む前に、シーツが捲れ上がったかと思うと、ミーシャが顔を真っ赤にして、ベッドから飛び降りた。


 ずっと潜っていたら暑いうえに、息苦しいのだから。

 やっと素直に出てきたか……。

 とりあえず、作戦成功だな。


「サクヤ! 何、甘い言葉の叩き売りしてるのよ!? っていうかバカじゃないの?」


 ミーシャは耳まで赤くして、俺にそう言った。

 おそらくミーシャなりの、照れ隠しのつもりなのだろう。


「叩き売りなんてしていないぞ。全て俺の本音なのだが、不満だったのか?」


 俺はミーシャに問う。


「はあー……。はいはい、不満じゃないわよ」


 ミーシャはわざとらしく溜息を吐いた後、俺の問いにそう返して、頬を赤らめたまま視線を逸らした。


「それなら良かった。ところで、次の依頼はどうするのだ?」


 俺はここぞとばかりに、話を無理やり本題に軌道修正した。

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