第43話


「ミーシャ、俺のためにありがとう」


 俺はそう言い、ミーシャを見つめた。

 そして、俺を抱きしめたままのミーシャを抱きしめ返した。


「ちょっと! サクヤ、何やってるのよ!?」


 ミーシャは俺が抱きしめた事に驚いたのか、こちらを見ながら大声で言った。


「無理してないって言う奴ほど、無理してるんだって……さすがの俺でも理解できるぞ?」


 俺はそう言って、ミーシャを抱きしめたまま頭を撫でる。


「だーかーらー、私は無理してないわよ!!」


 ミーシャは頬を赤くしながら、俺に向かってそう言った。


「そうか。ならば、この抱擁ほうようは俺からのお礼という事にしておいてくれ」


 その言葉の通り、俺を支えてくれたミーシャへの、感謝の気持ちを込めた抱擁なのだから。


 ミーシャはそれ以上何も言わなかった。


 少しの時間が経ち、俺はミーシャを抱きしめていた腕を解いた。


「サクヤが感謝してるのは分かったわ……」


 ミーシャは顔を赤くしたまま、俺から顔を逸らして言う。


「そう言ってくれて安心した。そういえば、先ほどミーシャが言ってくれた言葉に、俺はハッとさせられたぞ?」


 俺はミーシャを見ながら言った。


「いきなり何を言ってるのかしら……?」


 ミーシャは困惑したような表情で、そう言って俺を見た。

 自分の言った事を忘れた訳ではあるまいが……。


「俺が暗い顔をすれば、アリアが悲しむと言ったろ?」


 俺はミーシャに言い、少し微笑む。


「確かに言ったけど……。それで何がハッとしたのよ?」


 ミーシャは俺にそう聞き返した。


『サクヤが暗い顔してたら、アリアちゃんが悲しむでしょ?』


 ミーシャが先ほど言った言葉が、俺の頭の中に再生される。

 さりげなく言った一言で、俺は気付かされたのだ。


「アリアが悲しむから、そこで悲観的になって先に進めなくなるより、前を向いて進むのだと……そう言いたかったのだろう?」


 これが、ミーシャが俺にくれた言葉を手がかりに、導き出した解答だ。


「……だからって、私を抱きしめるのはおかしくない?」


 ミーシャはそう言って、俺を見つめる。


「おかしくはないぞ? ミーシャは俺に嘘を吐いているのだからな」


 俺はそう言い、真剣な眼差しでミーシャを見つめて、腕組みをした。


「私が嘘を吐いてるって言うの!?」


 俺の言葉に、少し感情的になったのか、ミーシャは声を大きくして言った。


「ああ、そうだ。正確にはアリアの名前を利用した。ただ、それだけの事だ」


 俺はミーシャにそう言い、ニヤリと笑みを浮かべた。


「……!!」


 俺の言った事が図星だったのか、ミーシャは驚いて目を丸くした。

 そしてミーシャは、先ほどとは打って変わって、沈黙してしまった。


 どうやらミーシャは、アリアの名前を利用したという事に、俺が気付くとは、思っていなかったようだ。

 反応を見る感じだと、そうだろう。


「どうした? 何か心当たりでもあるのか?」


 俺はミーシャを見つめて尋ねる。


「もういいわ。サクヤの言う通りよ……」


 ミーシャは観念したといった表情で、そう言って小さく溜息を吐いた。


 俺が暗い顔をすれば、ミーシャが悲しむ。

 昨夜の出来事にそれを当てはめるのならば、アリアを失った俺が一晩中泣いた夜。

 泣いている俺を見て、ミーシャは同じように一晩中悲しんだ。


 つまり、ミーシャも悲しみに暮れているにも関わらず、俺を懸命に支えてくれた。

 それを無理をしていると言わない訳がない。


 少し話を戻せば、俺がミーシャを抱きしめた理由がそれになる。


 ミーシャは、どこかアリアと似たような点がある。

 そう言ってしまうのはミーシャにも、アリアにも失礼な話ではあるが……。

 だが、似ているからこそ、同じように接してしまうのである。


「ねえ、サクヤ?」


 ミーシャに呼ばれて、俺は我に返った。


「……ああ、どうした?」


 気を取り直して、俺はミーシャに返事をする。


「いきなり黙り込むから、心配するじゃない……」


 ミーシャはそう言って、俺を見つめた。

 心配するミーシャの表情に、アリアの面影が重なって見えてしまった。


「すまない、少し考え事をしていたものでな……」


 俺はそう言って、適当に誤魔化す。

 ミーシャにアリアが重なって見えたとは、口が裂けても言える訳がない。


「もう……。サクヤの馬鹿……」


 ミーシャはふいに言った。

 何気ない言葉なのだが、それが俺の記憶をフラッシュバックさせる。


 俺が転生してから、初めて魔王だった事を、アリアに打ち明けたあの日の事。



『アリアは俺の事を嫌わないのか……?』


『……そんな訳ないでしょ……バカ……サクヤの大バカ……』



 アリアと魔法鍛錬をしたあとの何気ない会話。

 それが鮮明に蘇ると、俺の頬を涙がつたった。


「ミーシャ、俺も強がって……無理をしていたのかもしれない」


 俺はそう言いながら、ミーシャを強く抱きしめた。


「ちょっと! サクヤ!? ……泣いてるの……?」


 一瞬驚いたミーシャだったのだが、何かに気付いて理解したかのように、俺を優しく抱きしめ返した。


「大丈夫だ。少し涙が出ただけだ……」


 俺はそんな強がりをミーシャに言う。


「大丈夫って言う人ほど、大丈夫じゃないんだって事くらい……私でも分かるわよ」


 ミーシャはそう言って、柔らかい表情で俺を抱きしめたまま、片方の手で背中を優しくポンポン叩いた。


「ありがとう。俺はもう、大切な人を失いたくない……」


 ミーシャに対して、俺は本音が漏れてしまう。


「そうよね……」


 ミーシャは相槌を打ちながら、背中を優しく叩き続ける。


「だから、ミーシャを死なせはしない。絶対守るよ……」


 これ以上大切な誰かを失うくらいであれば、あの時転生しなければよかった。

 それが俺の本心だ。


「なんで私なのよ……」


 ミーシャはそう言って、頬を赤らめる。

 照れているミーシャだが、会話の間もずっと背中を優しく叩き続けていた。


「その優しさと温かさだ」


 俺はミーシャに、そう言った。

 そのおかげで、精神も思考も崩壊する事なく、現に今も維持できているのだから。


「そう言ってくれるのは、サクヤだけよ……ありがとう……」


 ミーシャはそう言って、俺を抱きしめる力を強めた。

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