第42話


 俺が頭を撫でると、ミーシャは眠りながら嬉しそうに微笑んだ。

 アリアを失った今、もしもミーシャまで失ってしまったら、俺はどうなるのだろうか……。


 考えたくもない事なのだが、ネガティブな思考に陥ってしまいそうになる。


「そうか……俺は失うのが怖いのか……」


 前世で散々味わった孤独な人生。

 それが嫌で、人生をやり直して幸せになるための転生だったのだが、大切な人を失ってしまうようでは本末転倒ではないか。


 今の俺に出来る事は、ミーシャを守る事。

 それは、遠回しに俺の精神が崩壊してしまうのを防ぐためという事にもなる。

 そう思っていると、ミーシャがゆっくり上体を起こした。


「あれ? サクヤ……起きてたの?」


 ミーシャはそう言って、俺を見つめた。


「ああ、ちょっと前に目が覚めたよ。昨日はありがとう」


 俺もそう言い、ミーシャを見つめた。


「お礼はいいわ……。サクヤが暗い顔してたら、私まで気落ちしちゃいそうだから」


 ミーシャはそう言って、俺から目線を逸らした。


「気遣いまでさせてしまったのか……。すまない」


 俺はこの世界に来てから、ミーシャの優しさと気遣いに支えられ過ぎているので、ただ謝るだけだったのだ。


「あー……もう、謝らなくていいから! 普段のサクヤに戻ってよね!」


 それはミーシャなりの、俺を元気付けようとする言葉だったのだろう。


「ああ、ミーシャのおかげで戻れる気がするよ」


 俺はそう言って、ミーシャに微笑んだ。

 ショックから立ち直るのは、かなりの時間がかかるだろう。

 それをミーシャに、気付かれないようにしなくてはいけない。


 これ以上気遣いをされるのは、ミーシャに対して申し訳ない。


「そう? それならいいんだけど……」


 ミーシャはそう言ったが、俺が無理をしているのに気付いたのか、疑った目で見つめてくる。


 そういえば、ミーシャに先ほどの夢の事を言っていなかったな。


「ところでミーシャ、さっき変な夢を見たのだ」


 俺はミーシャにそう言った。


「変な夢……?」


 ミーシャは俺を見つめながら言った。


「俺が転移したあとの、元々存在した世界の夢だ」


 俺はそう言ってミーシャを見つめた。


「それって……クロウドとアリアちゃんが居る世界の事よね?」


 ミーシャはそう言いながら、俺に顔を近づけた。

 俺の見た夢が、ミーシャの好奇心をくすぐったのか、それとも興味を持ったのだろうか……。


「そうだな。そこでアリアが殺されるまでの光景が、まるで演劇のように進んでゆき、俺はそれを傍観するだけだった」


 俺がそう言うと、ミーシャは何を思ったのか神妙な顔をした。


「他にその夢の中で、どんな事があったの?」


 ミーシャは俺にそう尋ねた。


「クロウドに、時間を過去に戻すネックレスの存在に気付かれた」


 俺は夢の中の事を少しずつミーシャに話してゆく。


「それを手がかりに、サクヤが生き延びた事に気づいたのね。他には?」


 ミーシャは興味本位といった雰囲気ではなく、真剣な目で俺を見つめて尋ねる。


「クロウドは、俺が神を冒涜したから殺す。そしてアリアをそのための糧にすると言っていた」


 断片的ではあるが、俺は続けてミーシャに言った。


「それがリヴァイアサンの創造に繋がるのね?」


 ミーシャは俺にそう言う。


「そこまで夢の中では分からなかった。だが、アリアを生贄にして、リヴァイアサンを創造した可能性は非常に高いな。」


 俺はそう言って、口元に手を当ててミーシャを見た。


「もしそうだとすると、サクヤ……あなたが見たのはよ!」


 ミーシャはそう言った。

 その言葉には、聞きなれない単語が混ざっていた。


「遡行夢? 何だそれ?」


 俺はミーシャに尋ねた。


「神通力の一つよ。まだ慣れてないから、無意識に使っちゃったのかもね?」


 ミーシャはそう言って、俺を見つめて微笑んだ。

 無意識とはいえ、どうやら俺は神通力を使う事ができたようだ。


「ちなみに、遡行夢って……どんな力なんだ?」


 俺はミーシャに、さらに尋ねる。

 偶然とはいえ、使えたのであれば、その力がどういった物なのか、それを知っておく必要がある。


「遡行夢っていうのは眠っている間に見る夢の中で、過去に起こった史実を見る事ができる力よ」


 ミーシャはそう言いながら、俺の唇に人差し指をそっと当てた。


「ただ、戻れる時間は持っている神通力に比例するから、そこに気をつけないとダメよ! っていうよりも、神の力が神通力に比例するのが当たり前なんだけどね」


 人差し指を口に当てられたまま、俺は軽く頷きながらミーシャの話を聞いた。


 何となく、魔法が魔力に比例するのと似ているな。

 俺がそう思っていたら、ミーシャは俺の口から人差し指を離した。


「それなら大丈夫だ」


 俺はそう言って、ミーシャを見た。


「大丈夫って……。まさか、魔法と同じ感覚で使える……なんて考えてないでしょうね!?」


 ミーシャは、俺の考えを読めるのかと思うほど、的確に言葉に出していない俺の解釈を言い当てた。


「まさにその通りだが、何か問題があるのか?」


 俺はミーシャに聞いてみた。


「んー……。ちょっと言葉じゃ説明しにくいけど、使い始めたらサクヤならすぐ分かるわよ!」


 ミーシャはそう言って、笑顔で俺を見た。

 そしてミーシャは、俺の息が当たるほど近くまで寄ってきた。


「サクヤ、これで神通力は使えるようになったのよね?」


 ミーシャは俺に続けて聞いてきた。


「ああ、一応そうなるな」


 俺はそう言って、ミーシャを見る。

 意識的に使えるわけではないが、いずれは使えるようになるだろう。


「おめでとうサクヤ!!」


 ミーシャはそう言って、満面の笑みで俺を抱きしめた。


「ミ、ミーシャ……?」


 俺は突然の事に驚き、ミーシャの名前を呼ぶ。

 ミーシャの甘いフローラルのような匂いが、俺の周囲に漂った。


「何? 照れてるの? せっかくお祝いしてあげてるのにー」


 ミーシャは少し悪戯っぽく笑った。

 先ほどの真剣な表情はどこへやら……だ。


 だけど、それは俺が昨日の事を思い出して、また落ち込んでしまわないように、ミーシャがかなり気遣って、ここまでしてくれているようにも思えた。


「ありがとうミーシャ。だが、あまり無理はしないでくれよ?」


 俺はミーシャにそう言った。


「別に無理なんてしてないわよ。私がそうしたいだけなの!! それに、サクヤが暗い顔してたら、アリアちゃんが悲しむでしょ?」


 ミーシャは自分自身の気持ちを伝えて、さらに俺への喝を入れてくれた。

 確かにミーシャの言う通りだ。


 アリアに俺が暗い顔をしていると知ったら、彼女はどう思うだろうか……。


 ミーシャは、俺がこれからどうすればいいのか……。

 そう悩んでいた俺に、手がかりをさりげなく教えてくれたのだった。

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