第41話


 俺とミーシャは、若い男性の後について歩くと、酒場から三軒隣に建っている宿屋に案内された。


「俺の親が経営してる宿だから、話は通しておいたよ。ボルドーを救ってくれたお礼だ。気兼ねなく使ってくれ」


 若い男性はそう言って、俺とミーシャを見た。


「恩に着る……」


「ありがとう、すごく助かるわ!」


 俺とミーシャは、若い男性にお礼を言う。


「いいって。この先の突き当たりの部屋だから、今日はゆっくりしていってくれ」


 若い男性はそれだけを言い残して、片手を軽く上げて外へ出て行った。

 俺とミーシャは準備された部屋へ向かった。


「サクヤ……疲れたでしょ? 今日はゆっくり休みましょ?」


 ミーシャは、そう言って俺を気遣う。


「ありがとうミーシャ……」


 俺はそう言って、部屋のベッドに寝転んだ。

 目を閉じると、アリアとの短くも楽しかった思い出が、走馬灯のように頭の中を駆け巡った。

 朝まで泣き続けていたからなのか、俺は涙を流す事は無かった。


「ねえサクヤ、隣に入ってもいい……?」


 ミーシャは俺にそう尋ねた。


「ああ、いいぞ」


 俺は目を閉じたまま、ミーシャにそう言う。

 そして、ベッドにミーシャが入ってくるのが分かった。

 そのまま、ミーシャは何も言わずに、俺の頭を撫でる。


「サクヤ……辛かったよね……」


 少しの沈黙の後、ミーシャはそう呟きながらも、俺の頭を撫で続ける。

 ミーシャは俺の心に出来た大きな穴を少しでも埋めようとしているのだろうか。

 一定の間隔で撫でられているうちに、緊張の糸が切れたかのように、俺の意識は少しずつ遠のいた────



「サクヤ────────!!」


 暗闇の中、俺の名前を呼ぶ声がする……。

 脳裏に刻まれた悲鳴のような声。

 その声の主はアリアだ。


「アリア────────!!」


 俺も腹の底から声を出して、アリアの名前を叫ぶ。

 だが、アリアには聞こえていないようだ。


 徐々に視界が開けてきたが、もやがかっているので、それが違和感でしかない。

 ここは恐らく、俺の夢の中なのだろう。


 俺がそう思っている間にも、夢の中の物語は進行している。


「無駄だ。君の想い人は、もう……この世には存在しないのだ」


 クロウドはアリアに告げるとククク、と笑った。


「……そんな事ない……! サクヤは生きてる……!」


 アリアはそう言ってクロウドを見た。


「根拠のない発言だな。私の力は時の神のそれ、そのものだぞ? 神の力を喰らって生きている……なんて有り得ないだろう? だから、君の想い人は、もうこの世に存在しないのだ」


 クロウドはそう言うと、アリアに向かってニヤリと笑みを浮かべ、俺が消滅した場所に歩いてゆく。

 そこで、床に残された俺のネックレスに気付いたようで、それを拾った。


 すると、クロウドから先程までの笑みが無くなった。


「これは……。サクヤめ……小賢しい真似をしてくれたな……」


 ネックレスに付いていた赤い魔石は、俺の身代わりとなったのか、ひび割れてしまい、一部が欠けていた。


 クロウドは珍しく怒りの表情を見せて、手に持っていたネックレスを床におもいきり投げつけた。

 ネックレスの秘密に気付かれてしまったか……。


「アリア!!」


 クロウドはアリアの名前を呼んだ睨んだ。


「……私をどうするの……?」


 アリアは恐怖心を抑えてクロウドを見ながら言った。


「お前の想い人は神の力を冒涜した。私は全力をってサクヤを殺す。君は……そのためのかてとなるのだ!!」


 そう言ってクロウドはアリアに歩み寄る。


聖なる閃光撃サーデ・リュエール


 アリアは抵抗するため、詠唱した。

 魔方陣が展開され、クロウドに一筋の閃光が襲いかかる。


 クロウドに直撃すると、轟音が周囲に響き渡った。


「無駄だ。君の抵抗は実に無駄でしかない!」


 閃光が消えると、至近距離で聖なる閃光撃サーデ・リュエールを喰らったにも関わらず、無傷のクロウドがそこに立っていた。


「嘘……!?」


 アリアは全力で聖なる閃光撃サーデ・リュエールを放ったのだが、クロウドが無傷だった事に驚いている。


「私は神となったのだ。君の魔法攻撃など効くはずがないだろう。それに、その魔法は魔族にしか効かない事を、君は知らなかったのかい?」


 クロウドはニヤリと笑いながらアリアに言った。

 そしてクロウドは、俺が使い魔を倒した剣を引き抜き、ひと振りすると、その剣先をアリアに向けた。


「ククク……魔王を追い詰めた時を思い出すな。さあ、失敗作アリア!! 君を殺してサクヤに更なる絶望を与えてやろう!!」


 そう言ってクロウドは躊躇うことなく、アリアに剣を突き刺した────



 その時、俺の意識は一気に、現実世界に引き戻された。

 心臓の鼓動が普段より早くなり、大量の汗が服を湿らせている。

 俺は目を開けて周囲を見渡した。

 

 リアルな夢と現実、ここはそのどちら側なのか。

 俺は寝起き直後の頭で考えていたが、徐々に覚醒し始めたおかげで、解答に辿り着いた。


 ここは現実世界、ボルドーにある宿屋の一室で、俺の隣でミーシャが片手を俺の頭の上に置いたまま眠っていた。


「そうか……」


 俺は呟くように言葉を漏らし、記憶の整理を済ませる。


 そもそも、クロウドにアリアを殺されたと告げられた時から、俺の記憶は曖昧だった。


 最初は動揺させるための、クロウドの吐いた嘘だろうと思っていたが、リヴァイアサンを討伐したあとに見つけたアリアの服。

 引き裂かれたうえ、大量に血液が付着していた。

 それを見て、クロウドの言葉は真実に変わってしまった。


 俺は一晩中泣き、ミーシャはそれを懸命に介抱してくれた。

 ミーシャには迷惑をかけてしまったな……。


 俺はそう思いながらミーシャの方を向いた。

 俺が眠ったあとも撫で続けて、緊張の糸がほぐれて眠ってしまったのか……。


「ありがとうミーシャ」


 俺はミーシャを起こさないように、静かにベッドを下りて椅子に腰掛けた。


 そして、先ほどの夢を思い出す。

 あれは、俺がクロウドの神通力を喰らったあとの状況だろう。

 視界は靄がかかっていたが、それでも内容が異常な程にリアルだった。


 それに夢の内容を、ハッキリと覚え過ぎている。


 夢を通して、俺の知らない現実の世界に起こった事を見ている。そんな気がしたのだ。

 それはまるで、第三者の視点で追体験をしているような感覚だった。


 ミーシャなら、何か知っているかもしれない。

 起きてから聞いてみるとするか……。


 俺は椅子から立ち上がり、ミーシャを起こさないように、静かにベッドへ移動して、ゆっくり腰掛けた。

 座りながらミーシャを見つめる。


 ミーシャに負担をかけ過ぎたかもしれないな……。

 彼女の優しさに、甘え過ぎないようにしなくてはいけない。


 俺はそう思いながら、ミーシャの頭を静かに撫でた。

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