第40話


 創造解析魔法のおかげで、リヴァイアサンを構築している創造魔法の情報が、俺に伝わってくる。

 この創造魔法は、解析してみると中々興味深い内容ではないか。


 クロウドの性格と同様に、外見は奴の高いプライドを表すかのように、絶大な防御力の鱗しっかり固めている。

 だが、中身は粗だらけ……恐ろしい程に脆く壊れやすい。


 創造魔法は、術者の性格を見事に再現しているではないか。

 

「さあ、リヴァイアサン……お前は、どんな風に殺されたい?」


 俺はリヴァイアサンに聞いてみる。

 次々と情報が流れてきているので、俺はもう……勝てる気しかしないのだ。


「ガアアアアアアァァァァァァ────────」


 そうだ、もっともがき苦しめ……。

 アリアは望んでいない死に直面したのだ。

 楽には始末しないからな……。


「そうだ。そのまま、創造解析魔法を経由して、お前の魔力を俺にくれないか?」


 俺はニヤリと笑い、リヴァイアサンに言った。

 言葉を理解したのか、その直後に再びリヴァイアサンは暴れて抵抗するが、胴を掴まれたままなので、思うように動けない。


「そう暴れるな……。一瞬で楽になれるぞ?」


 俺はそう言い、問答無用に解析魔法の術式を少し変えて、リヴァイアサンの魔力を奪い取る事にした。


 創造された化物の魔力は、人間で言うところの血液だ。

 魔力を奪われ続けるという事は、延々と失血するのと同じ意味だ。


 魔剣の力を体現するだけの事。


「さあ、早く魔王の前で力尽きてしまうがいい……」


 魔法の創造物なんて、脆く儚いものだな……。



「グギャアアアアアアアアアアアア────────」



 リヴァイアサンの断末魔が大地を震わせ、その長い体が硬直する。

 そして、息絶えたのか、長い体は塵のように風化し始めた。

 俺はそれを確認して、ミーシャの前に転移魔法ヴァンデルで移動した。


「サクヤ!! 大丈夫なの!?」


 ミーシャはそう言いながら俺に飛びつくように抱きついた。


「ああ、大丈夫だ。心配かけてすまない」


 俺はミーシャを抱きしめ返した。


「そんな気遣いしなくていいから……。本当に優しいよね……」


 ミーシャはそう言って、俺を抱きしめたまま空を見上げた。



「あれ? ねえ、サクヤ……あれ……」


 ミーシャは俺に抱きつくのを止めて空を指差した。


 俺はミーシャの指差す先をみると、何かが風に煽られて空を舞っていた。

 そして舞っていた物は、俺とミーシャの目の前に落ちた。


「────!!」


 それを見た俺とミーシャは絶句した。

 舞っていた物の正体は、血にまみれて無残に破れてしまった薄い生地。


 おそらく衣服の一部なのだろう。

 それを見た俺は、薄い生地の持ち主が誰なのか気付いてしまった。



『喜べ。あの女の息の根は……私が止めたぞ』


『私からの贈り物が、お前を想い人の元へ案内してくれるだろう!!』


 クロウドの言葉が、頭の中に繰り返し再生される。

 俺がリヴァイアサンに喰われれば、アリアのいる場所へ行ける。

 そういう意味が込められていたのだろう。

 

 クロウドがアリアを殺し、その身体をリヴァイアサンを創造するための、創造触媒にしたという事で間違いない。


「ア……アリア────────!!」


 俺はただ叫び、流れる涙を止める事さえできず、その場に崩れた。


「えっ……。そんなのって……」


 ミーシャは、俺を様子を見て全てを察したのか、言葉に詰まっているようだが、すぐに何も言わずに俺を抱きしめてくれたのだった。


「アリア……」


 俺があの時もっと強ければ、神通力を防ぐ事ができていれば……。

 後悔という言葉では片付けられない気持ちが込み上げて、涙となって流れ出す。


 ミーシャは何も言わずに抱きしめたまま、俺の背中を何度もさすって、落ち着かせようとしてくれている。

 それでも涙は流れ続け、俺が落ち着きを取り戻したのは、夜が明けて日が昇り始める頃だった。


「ありがとう……ミーシャ……」


 俺はミーシャに礼を言う。

 アリアを失ってしまったショックが大き過ぎ、俺は茫然自失した。


「いいのよ……。私にできる事があったら言ってね……」


 ミーシャは穏やかな表情で、俺を見てそう言った。


 俺に対するミーシャの厚意は、素直に嬉しかったのだが、同時に申し訳なくも感じてしまった。


 そして、俺はアリアとミーシャ、その二人の存在がどれだけ大きく、どれだけ支えられていたのか、それを改めて実感させられた。

 

 二人に出会わなければ、ここまで生き残られなかった。

 だが、俺と関わった事でアリアは殺されてしまった。

 入学試験があったあの日、木の下に立っていたアリアに話しかけなければ、彼女は今も生きていた筈だ。


「すまない……」


 ミーシャは俺の呟いた言葉が、アリアに向けた言葉だと察したようで、彼女は目を閉じて沈黙を貫いていた。


 しばらく沈黙が続いたが、ミーシャが立ち上がって俺に右手を差し伸ばした。


「サクヤ……」


 ミーシャはそう言い、俺を見つめている。

 俺は差し出された右手を握った。


 夜の寒さで冷たくなった手と対照的に、ミーシャの優しさに包まれた心の温かさは、ボロボロになった俺の唯一の支えだった。


「ありがとう、ミーシャ。皆に討伐の事……伝えないとな」


 俺はそう言い、ミーシャを見た。


「そうね、きっと皆心配してるから……行きましょ」


 ミーシャはそう言って、柔らかい表情で俺を見つめた。


 俺とミーシャは共に、リヴァイアサン討伐の報告を待っている皆の元へ向かった。

 歩いて向かっている途中、俺はミーシャと手を繋いだままだった事に気付いた。


「ミーシャ、すまない。手を繋いだままだったな」


 俺はそう言ってミーシャに気を遣い、繋いだ手を離そうとした。


「このままでいいわ。サクヤ、今は無理しちゃダメよ」


 ミーシャはそう言い、俺の手が離れないように、少し強めに繋ぎ直した。

 そして、俺とミーシャはそのまま手を繋いだまま、酒場に到着した。


「おお! 討伐に行った二人が戻ってきたぞー!!」


 若い男性が俺とミーシャに気付いて、他の人達を呼ぶ。


「無事だったんだな……」


 白髪混じりの男も安堵の表情を浮かべて言った。


「ありがたや……」


 老婆も昨日とは一変して感謝しているようだ。


「遅くなってすみません……。ご心配おかけしました」


 ミーシャはそう言って、俺の思った事を代弁して皆に伝えてくれた。


「魔王様、かなり疲れてるみたいですけど……大丈夫ですか?」


 若い男が俺を見てそう言った。


「大丈夫じゃないわ! 私を防御結界の中に避難させて、昨日1人で戦ってたの!!」


 ミーシャは昨日の事を皆にそう言った。


「何!? 一人であの化物を討伐したのか!? ……信じられないような話だな」


 皆がざわつき始める中、若い男は驚きながらそう言った。


「信じられないかもしれないけど、本当なの! だからお願い! 彼が休める場所を貸してちょうだい!!」


 ミーシャは皆に懇願して、頭を下げた。


「……ミーシャ……」


 何故俺のために、そこまでしてくれるのだ?

 世話好きであったり、優しさであったり、その範疇を超えるミーシャの行動に、俺は驚いてしまう。


「もちろん提供するとも! 俺達、実は昨日の戦いを隠れて見ていたんだ……」


 若い男性がそう言って、皆は申し訳ないといった表情をしている。


「隠れて見ていたって……皆無事だったの!?」


 ミーシャは心配になって皆に聞いた。


「ああ、全員無事だよ。二人を疑っていた事を改めて謝らせてくれ。申し訳ない」


 若い男性がそう言って、皆が頭を下げた。


「サクヤも私も気にしてないから! 皆頭を上げて!!」


 実際、全く気にしていなかった事を謝られたので、ミーシャは困惑しているようだった。

 ミーシャの発した言葉で、皆が少しずつ、ゆっくりと頭を下げるのをやめた。


「それより、貸してくれるって言った場所に案内してもらえるかしら?」


 ミーシャがそう言った。


「分かった。すぐ近くだから、俺についてきてくれ」


 若い男性がそう言って歩き始めたので、俺とミーシャはその後を追った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る