第39話


『どうした? お前が助かった事は想定外だったが、私はこうして、お前を見つける事ができた。まさか、私が何も知らない……とでも思ったのか?』


 クロウドの声が響いた。

 これだけの想定外の事態が起きても、すぐに修正して何事も無かったかのようにしまうとは……。

 クロウド、アンタは本当に恐ろしい男だな。

 

「ああ、思わなかったぞ。こんなド派手な召喚魔法を使わなければな」


 俺は天に向かって、そう言う。


『クハハハハハハハ……。相変わらず、お前という存在は面白い。そうだ……リヴァイアサンは、お前が生き延びた事を祝して贈ったのだが、お気に召してくれたかな……?』


 冗談ではない。

 想像上の化物をわざわざ創造して、俺を祝うために贈っただと……?

 クロウド、アンタはどこまでフザけた男なのだ……!!


「サクヤ、気にしちゃダメだよ! クロウドの思うツボよ!!」


 ミーシャはそう言って、俺を落ち着かせる。

 声に出していない怒りをミーシャは察してくれたのだろう。


「そうだな、ミーシャありがとう」


 俺はそう言って、ミーシャの頭を撫でた。


「こらこら! それは、アリアちゃんにしてあげなさい!!」


 ミーシャはそう言って、頬を赤らめたまま俺の手を払い除けた。


『ほう……。……サクヤ、良い女を見つけられてよかったな……クハハハハハハハ──』


 クロウドはそう言って、耳につく高笑いをした。


「どういう事だ?」


「そうよ! 私はサクヤの旅を手伝っているだけよ!!」


 俺とミーシャは思った事を、そのまま天に向かって言う。


『お前が神の力で消滅したあと……想い人はどうなったのか……知っているか?』


 クロウドはそう言った。

 姿が見えないにも関わらず、俺にはこの男の口ぶりから、ほくそ笑んでいるのが、手に取るように分かる。


「アリアをどうした!?」


 俺は実体のないクロウドに向かい叫ぶ。

 そして、嫌な予感が俺の胸を過った。


「サクヤ落ち着いて!!」


 ミーシャは俺を抱きしめる。


『喜べ。あの女の息の根は……私が止めたぞ』


 クロウドの言葉を聞いた瞬間、俺は脳天に強い衝撃を受けたかのような感覚に陥った。


「なん……だと……?」


 アリアはクロウドに殺された。

 そう言っているのか……。


「きっとクロウドの嘘よ! サクヤ……信じちゃダメ!!」


 ミーシャはそう叫びながら、俺をさらに強く抱きしめた。


『随分と呆気ない最期だったがな……クハハハハハハハ────』


 クロウドは声のトーンを上げて嬉しそうに語る。


『生憎だが、私はお前の元へすぐに向かうことができない。その代わり……私からの贈り物が、お前をだろう!!』


 クロウドがそう言った直後、リヴァイアサンが俺とミーシャに近づき始めた。


「サクヤ……アリアちゃんは無事だから……。大丈夫だと思うわ……」


 ミーシャは俺を心配して、抱きしめたまま片方の手で頭を撫でた。


「……」


 俺は、心配してくれるミーシャに対して、返す言葉が浮かばなかった。

 アリアがクロウドに殺された。

 その事に対する怒りの感情。

 そして、動揺する俺を心配してくれる、ミーシャの優しさ。

 ……それに対する感謝の感情。


 そもそも殺された事が事実なのか、それともミーシャの言う通り嘘なのか。

 それさえも分からず、ただ気がかりで苛立つが何もできない、そんな自分への情けないと思う感情


 色々な感情が入り混じり、俺は話すどころか立っているのがやっとの状態。


 リヴァイアサンは、俺を敵と認識したようで、ゆっくりとこちらに近づいてくる。


「サクヤ! リヴァイアサンが迫って来るわよ!!」


 ミーシャは俺に向かって叫ぶ。

 殺されればアリアの元へ行けると、あの男は確かにそう言った。


 俺一人が殺されるのなら構わないが、今はミーシャが一緒に居る状態。

 もし、ミーシャが巻き込まれてしまえば、彼女は俺に尽くした挙句、無駄死にをしてしまう事になる。


「ミーシャ、俺がお前を守るから。リヴァイアサンコイツに殺させはしない」


 俺は自分自身に、そしてミーシャにそう言った。


「サクヤ……」


 ミーシャは俺の名前を呟き、抱きしめていた手を解いた。


「ありがとう。ミーシャ、そこに強力な防御結界を展開するから、絶対に外へ出るなよ」


 俺の言葉にミーシャは大きく頷いた。


 この先、クロウドに巻き込まれて犠牲になる人間は、俺以外に誰も必要ない。

 ましてや、ミーシャのように尽くしてくれるような、優しい少女を巻き込んだとしたら、俺は死んでも死にきれない。

 俺は、無詠唱で強固な防御結界を、ミーシャの周りに展開した。


「さて、リヴァイアサン……。お前の相手は俺一人で十分だ」


 俺はそう言い、リヴァイアサンと対峙する。

 ミーシャが結界から出たら、リヴァイアサンの標的になるかもしれない。

 俺がリヴァイアサンを討伐する事だけが、ミーシャを巻き込んで犠牲になるのを防ぐ唯一の方法か……。


 俺は、身体強化の魔法を自らに唱え、転移魔法ヴァンデルを発動して、リヴァイアサンの背後に回る。

 そして、滞空魔法を発動して、リヴァイアサンを水面ギリギリの高度で倒す準備を整える。


 リヴァイアサンは、転移魔法ヴァンデルを発動したのに気付いたのか、その瞬間に長い胴を使って、俺を払おうとする。

 だが、俺はその払おうとした胴体を、渾身の力で掴んだ。


「グガアアアアアアアアアアアア────────」


 リヴァイアサンは叫ぶように鳴き、再び振り払おうとするが、俺が滞空魔法でその場に留まっているうえ、身体強化した状態で胴を捕まえているため、それさえできないのだ。


 今の俺には、前世と同等の魔力が宿っているのだから、魔法で作られた化物に負けるはずがないのだ。


「さすがは、クロウドが創造した化物だな」


 見た目の作りは、しっかりしている。

 鱗の一枚でさえ、強固な防御力で身を守る、ミスリルの盾のようだ。


 だが、プライドの高いクロウドには、魔法構築に弱点がある。

 創造するのにも、魔法構築は必要になってくる。

 俺は元の世界の理事長室で、結界を再構成した時にそれに気付いていたのだ。


 こんな化物を討伐する程度では、あの男を倒せるだけの神通力を得る徳を積めないのは明白だ。

 酒場で受けたこの依頼をすぐに片付けて、また次の依頼を探す必要がある。


「リヴァイアサン、お前を構成する創造魔法を、俺に見せてくれ!!」


 俺はそう言って創造解析魔法を、掴んだ手からリヴァイアサンの胴体へ送り込んだ。


「ギャアアアアアアアアアアアア────────」


 リヴァイアサンは身体に流れる、異物のような俺の魔力に悲鳴をあげた。


「そうだ、それでいいんだ。苦しむだけ苦しんで、俺にお前という存在を教えるのだ」


 俺はリヴァイアサンに向かって叫び、そしてニヤリと笑った。

 創造解析魔法が、リヴァイアサンの胴体にさらに流し込まれ始める。


「今のサクヤ……なんだかちょっと怖いわ……」


 俺の雰囲気が普段と違うのを感じ取ったミーシャは、小さく呟いたのだった。

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