第38話


「ところで、その魔物っていうのは、どんな奴なんだ?」


 俺は周囲の人達に聞いてみた。


「あれは、おそらくリヴァイアサンだ……」


 白髪混じりの男が答えてくれた。


「えっ!? リヴァイアサンが現れたの!?」


 ミーシャは驚いて、大きな声で言う。

 俺も名前は知っているが、それは架空の存在であり、実在するとは思っていなかった。

 

「架空の存在ではなかったのか……」


 俺も魔物の名前に驚いて、思わず声が出た。

 にわかには信じ難い。だが、皆が嘘をついているようには見えない。


「サクヤ……どうするのよ?」


 ミーシャは俺に耳打ちする。


「どうするも、討伐するしかないだろう」


 俺は迷うことなく、ミーシャにそう言った。


「リヴァイアサンって海の中に潜んでる、蛇のような竜のような……そんなのよね?」


 ミーシャは見た目を想像して、俺に言う。

 俺はリヴァイアサンを、架空の存在だと思っていたから、見た目さえ想像していなかった。

 それに付け加えるなら、そもそも俺は、魔法以外に興味を持っていなかったからな。


「……そろそろ現れる時間です……」


 俺とミーシャに向かって若い男性が言った。

 面白い事を言う奴だ。


「何故分かるのだ?」


 俺は若い男性に問う。


「毎晩この時間帯に、ボルドー付近で姿を目撃するからですよ。そろそろ二ヶ月は経ったと思います。」


 若い男性は、困り果てた表情でそう言った。

 なるほど、そういう事だったのか。


「ミーシャ、今回は相手がどれだけの力か分からない。俺一人で討伐しようと思っているんだが、それでもいいか?」


 ミーシャを危険な目に遭わせたくないので、俺はそう提案した。


「そんなの嫌よ! 私もサクヤの力になりたいの!!」


 ミーシャは俺の提案を拒否して、一緒に戦うことを望んだ。


「……分かった。極力庇ってやるが、危険な目に遭わせないという保証は無いぞ?」


「わかってるわよ! それでもいいの!! ちょっと私に考えがあるから……」


 ミーシャは、考えがあると言って俺を見る。

 その目は真剣そのものだった。


「その考えを聞きながら向かうとするか。行こうミーシャ」


 俺はミーシャを見て言った。


「分かったわ、行きましょ!」


 ミーシャもそう言って、俺について来る。

 俺達は酒場を出て、ボルドーの港へ向けて出発した。


「ミーシャ、さっき言っていた考えを、教えてくれないか?」


 俺は歩きながら、ミーシャに尋ねた。


「いいわよ。私が考えたのは、サクヤの魔法に私の神通力の力を送るっていうのなんだけど……どう?」


 ミーシャは俺を見つめて、笑顔で言った。

 どうって聞かれても、俺には神通力が使えないから、返答できない。

 それ自体が、可能なのかどうかさえも、判断に困ってしまう。


「俺には、神通力の仕組みが分からない。だから、魔法と組み合わせて、それを使えるのかどうかさえ分からないのだ」


 俺がそう言うと、ミーシャは口元に手を添えて、少し考えてから口を開く。


「そっか……。でも、サクヤが居た世界の、人間が持ってる魔力が、私達神人の神通力みたいなモノよね?」


「確かに、ミーシャの言う通りだな」


 それは俺の浮かべたイメージと同じだ。


「でしょでしょ?」


 ミーシャは、自分の思っていた考え方が、俺の言った事と合っていたのが嬉しかったのか、笑顔で顔を近付けて言った。


「とはいえ、出来るかどうかは……やってみないと、やはり分からないな」


 俺は断言できないので、曖昧な解答をした。


「そうよね……」


 ミーシャはそう言ったが、声のトーンが少し低くなった。

 しばらく沈黙が続いたが、俺はミーシャを見ながら口を開いた。


「そろそろ港に着くな」


 俺がそう言った瞬間、建物と建物の隙間から潮風が吹いてきた。

 やはり、夜は少し冷えるようだな……。


「何も無さそうね……」


 ミーシャの言う通り、港には波と風の音がするだけだった。

 魔物の鳴き声さえしないので、俺は探索魔法を半径二〇キロの範囲で発動した。


「そうだな……探索魔法にもが引っかからない」


 おかしい……この時間帯に現れるというのなら、探索魔法で見つかる筈なのだが……。


「ねえサクヤ! あれを見て!!」


 ミーシャが海を指差して、大きめの声で俺に言った。

 指差した先には巨大な魔法陣と、その中心に大きな光の塊が現れていたのだ。


「あれは……召喚魔法!!」


 魔法が知られていないこの世界で、俺以外にも魔法が使える奴が居るのか?

 それも難易度の高い召喚魔法を……。


 俺は驚きながら、その魔法陣を睨んだ。

 すると光の塊は次第に細長くなり、竜のような姿に変わっていった。


「サクヤ……あれってもしかして……」


 ミーシャは驚きと恐怖が入り混じっているようで、震えた声で言った。


「ああ、おそらく……皆が言っていたリヴァイアサンだ」


 俺がそう言った直後、魔法陣によって召喚された、リヴァイアサンの咆哮が辺り一帯に響き渡った。

 その影響で大地は揺れ、今まで穏やかだった海も、急に波が強くなり始めた。

 俺は探索魔法の範囲を狭くしながら、リヴァイアサンの力を調べたが、全く反応しなかった。


「ミーシャ、少し下がっていたほうがいいぞ」


 俺はミーシャに忠告した。

 現れたリヴァイアサンは想定外の危険な存在なのだから。


「どうしたの? 探索魔法で何か分かったの?」


 ミーシャは不安そうに俺に聞いてきた。


「逆だ。何も分からなかった。そもそも探索魔法に、全く引っ掛からない」


 俺はミーシャに事実を伝えた。


「そんな……! リヴァイアサンは魔物じゃないから……?」


 ミーシャは、そう言って俺を見つめる。


「魔物では無いだろうな。何者かが想像上の化物を創造したうえ、召喚魔法でここに呼んだのだろう」


 あくまで俺の推測だが、そう考えるしかないだろう。


「あんな化物を創るなんて……。っていうか召喚魔法って、サクヤ以外に魔法を使える人が居るの!?」


 ミーシャは驚きながら俺に聞いてきた。


「目の前で魔法陣を見てしまったからには、魔法を使える奴がいるのは間違いないな」


 俺はそう言って、ミーシャを一瞬見た。

 ふざけた魔法が使える人間が、俺以外にもこの世界に紛れ込んでいる。

 それも……まるで俺達がここへ来ることが分かっていたかのように、用意周到に化物をこんな所に召喚しているのだから。


「ねえ、サクヤ……それってもしかして……」


 ミーシャは何か勘付いたようだ。


「ああ、ミーシャの頭に浮かんだ人間で間違い無いだろうな」


 魔法と神通力が使えて、俺をこんな所まで転移させたあの男。

 俺の人生を二度も狂わせた元凶……クロウド。


『おやおや……私に気付くとは、流石はサクヤだな。……クハハハハハハハ』


 天から、まさにあの男の声が聞こえた。

 転生を無かった事にするため、時の神の力で現世の俺を消滅させた。

 そう思い上がっていた訳では無かったのか……。

 そこまで俺に執着するとは……。この男の執念は本当に恐ろしい。


「サクヤ……この声……」


 ミーシャがギュッと俺の腕に抱きついて言った。


「ああ、そうだ。この声の主が、俺をここへ転移させた……クロウドだ」


 俺はそう言ってミーシャを見た。


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