第37話


 さて、ボルドーに着いたが行く宛が浮かばない。


「ミーシャ、これからどこへ寄ればいいんだ?」


「そうねー……。とりあえず情報収集するのに、酒場に行きましょ!!」


 ミーシャは俺を見つめて笑顔で言った。

 酒場に行くという言葉で、アルル村でのミーシャの酔った姿を思い出してしまう。

 俺は酒場に行くのを躊躇って、その場にしゃがみこんだ。


「どうしたのサクヤ? 顔赤いわよ?」


 ミーシャはそう言って前屈みになって俺を心配する。


「大丈夫だ。 それよりミーシャ……」


 俺は目の前にあった、ミーシャのセリュール山脈が視界に入り、咄嗟に目をそらした。


「どうしたのよ!?」


 俺の動きにミーシャは少し驚いていた。


「その……見えてるのだが……」


「何が見えてるのよ?」


 ミーシャは気付いていないようだった。

 仕方がない、教えてあげるのも優しさか……。


「……谷間見えてるぞ」


「バカ!! 見えないようにしてるわ!!」


 俺の言葉にミーシャは間髪入れずに言い返した。

 見えないようにしているのなら、今俺が見たのは何だったのだろう……。


「あまり無防備になるなよ? ミーシャは可愛い女の子なんだからな」


 俺は脳裏に焼き付いた煩悩を払い、気を紛らわせるかのように言った。

 ミーシャ……年頃の男は些細な事でも刺激になるんだぞ。


「もう……わかったわよ!」


 ミーシャは顔を赤らめながら、そう言って姿勢を正した。


「分かってくれれば、俺も安心だ」


 俺もそう言って立ち上が──れなかった。


「どうしたの?」


 歩き出そうとしたミーシャが、立ち止まって振り返り言った。


「何でもない、あと五分くらいこのままの姿勢で居させてくれ。今はそんな気分なのだ」


 俺が今立ち上がってしまえば、間違いなくミーシャに変態の烙印を押されてしまう。

 それは、これからの旅路に悪い意味で影響を与えてしてしまうだろう。


「……変なの」


 ミーシャはそう言いながら、親切に俺が立ち上がるまで待っていてくれた。

 俺はこんな状況でも待ってくれている、そんなミーシャが優しいと思った。


「とりあえず酒場に行ってみるか?」

 

 ミーシャの言う通り人が多く集まる酒場ならば、手っ取り早く徳を得られそうな情報を探す事ができそうだから、俺は先ほどのミーシャの提案に同意した。


「うん! いい情報が得られればいいわね!!」


 ミーシャは笑顔で俺に言った。

 笑顔で話しかけてくれる所がアリアとダブってしまった。


「そうだな。待たせて悪かったな、もう大丈夫だ」


 俺は立ち上がってミーシャと一緒に酒場へ向かった。


 酒場には十人程集まって話に花を咲かせていた。


「あのーすみません……」


 ミーシャがそう言って近くにいた若い女性に話しかけた。


「どうかしました?」


 女性は声をかけられて少し驚いたようだ。


「私達、困ってる人を助ける旅をしているんですが、何か困り事はありませんか?」


 ミーシャは女性にそう尋ねた。


「そうですねー……ボルドー近海に出没する魔物に皆困ってますねー……」


 女性はミーシャを見ながらそう言った。


「魔物ですか!?」


 ミーシャは食いつくように言った。


「ええ……。それで皆海に出られなくて、稼げないって困ってますねー……」


 女性の表情から察するにかなり困っているようだ。


「サクヤ! 魔物を私たちでやっつけちゃいましょ!!」


 ミーシャはそう言って俺の方を向いた。


「そうだな。俺もミーシャの意見に賛成だ」


 その声が聞こえたのか、奥の方で話していた人が続々と俺とミーシャの近くに寄ってきた。


「お二人さん、本当にあの魔物を倒してくれるのかい!?」


 若い男性がそう言った。


「これでワシ等は海に出られるぞ……」


 白髪混じりの男もそう言って、嬉し泣きをし始めた。

 それだけ魔物の影響が大きかったのだろう……。


「だけど、本当に倒せるのかい?」


 老婆が疑うような表情で俺とミーシャを見る。

 そして、周囲がざわつき始めた。


「確かにな……前にもそんな事を言って、俺達から金を騙し取った奴らがいたよな!」


 若い男性が老婆の言葉に反応した。


「またワシ等から金をむしり取るつもりか!?」


 白髪混じりの男も便乗するように言った。

 このままでは収拾がつかなくなるだけでなく、依頼も入らないではないか。


「待て待て、俺たちは金を取ることは無い。地位や名声も要らない。あくまで慈善活動ってところだ」


 俺はそう言って周囲の人を見渡した。

 疑う表情が消えた訳では無いが、それに言い返してくる人はいなかった。


「そうよ! サクヤは魔王なんだから!!」


 ミーシャさん? そこで俺が魔王だなんて言ったらマズイのでは無いだろうか……?


「魔王……?」


 街の人の声に、ミーシャはしまったと口を手で覆った。

 この世界で魔王という存在が善なのか悪なのか、それ以前に存在するのかさえ分からない。

 だが、ここは俺がフォローしてみるか。


「俺には魔法という力がある。その魔法の王なのだ」


 俺はそう言って、掌に照明魔法の魔法陣を浮かべる。

 魔法の存在を見せるだけであり、今は戦いではないので攻撃魔法を使う必要はない。


「何だ? この模様は?」


「見た事のない力のようだが……これは一体?」


「神通力とは違う雰囲気だぞ……」


 不思議そうに魔法陣を見ながら街の人達は呟く。


「今見せたのが、魔法を使うための魔法陣というものだ。これは魔法を使うための、魔力の調整や威力の増幅、他にも場の清浄にも使えるぞ」


 詳しい事を説明しているとキリがないので割愛した。


「これがサクヤの力よ!」


 ミーシャは誇らしげに言い、周囲を見渡す。


「ミーシャは破滅の神だって名乗らないのか?」


 俺はミーシャに尋ねた。


「いいのよ! 私の力はまだまだサクヤに比べたら弱いもの」


 ミーシャはそう言って俺を見た。


「なるほど……魔王と破滅神が揃っていたのか」


 若い男性が、俺とミーシャを交互に見て言う。

 魔王と破滅神という単語だけで聞くと、物騒な2人に捉えられても文句は言えないな。

 俺はちょっとだけ自虐的になってしまった。


「これなら、本当にあの魔物を倒せるかも知れないぞ!!」


 若い男性が続けて言った言葉に、酒場に居た人たちが歓喜の声を上げた。


「さっきは酷い事を言ってすまなかった……」


 白髪混じりの男はそう言って俺とミーシャに謝った。


「気にするな。俺とミーシャは、困っている人々を助けたいだけなのだ」


 俺がそう言った時、ふと隣に立っているミーシャと目が合った。


「やっぱりサクヤは優しいわね」


 ミーシャは微笑みながら、俺の耳元で呟いたのだった。



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