第36話


 今日でアルル村を出発して五日目になるが、運良く進路に魔物が現れる事が無かった。


 だがしばらく歩いていると、俺の探索魔法に魔物の群れが反応した。


「ミーシャ、一キロ先にファング・ウルフが四体いるようだ」


「分かったわ! それより、魔物が出てきたって事は、パパは近くに居ないって事よね?」


 ミーシャが笑顔でそう言っているので、父ヒューゴに尾行されていたのが、それほどまでに嫌だったのかと思ってしまった。


「あの強烈な殺気も感じないから、居ないと思っていいのではないか?」


 ヒューゴは魔力を持たない神人なので、探索魔法で存在を探すことができない。

 だが、とてつもない殺気を飛ばしてくれるおかげで、それを頼りに場所を察知できる。


「良かったー! あのまま尾行されてたら、もっと面倒な事になってたかもしれないわ……」


 安心しているミーシャを見ていると、早く父ヒューゴの呪縛から解いてあげたい……という気持ちが強く湧いてくる。

 一度人生に失敗した俺だから、ミーシャには同じように失敗してほしくないと思ってしまう。

 自分が選んだ道ならまだしも、他の誰かのせいでそうなるのは可哀想だ。


 そう思いながら歩いていると、肉眼でもファング・ウルフを捉えられる距離まで近づいた。

 ファング・ウルフは俺たちにまだ気付いていないようだ。


「あのファング・ウルフ達をどうやって倒すの?」


 素早い動きが厄介なうえに、四体もいるのでミーシャは心配になり俺に尋ねる。


「気付かれる前に倒してしまえばいいさ」


 俺はそう言いながら無詠唱で魔法陣を展開する。


「簡単に言うわね……」


 俺の言葉と動きを見て、ミーシャは少し呆れ顔で言った。


 そして俺は右手をファング・ウルフに向け、電撃魔法ボルティアを放った。


 強烈な一筋の閃光がファング・ウルフを襲い、直撃した際の轟音で断末魔さえも聞こえない。

 すぐに閃光が収まったが、ファング・ウルフの姿はそこには残っていなかった。


「そうよね! サクヤは遠距離でも攻撃できるもんね!」


 ミーシャはそう言って頷いたあとに俺を見た。


「ミーシャが魔物を倒せるように、俺が補助に立ち回る事もできるが?」


「んー……それは遠慮しとくわ」


 ミーシャは苦笑いをしながら、俺の提案をやんわりと断った。


「俺ばかり戦っていては、ミーシャの戦いの経験値が増えないだろう?」


「そうだけど……」


 ミーシャは口ごもった。

 彼女の言いたい事が何となく分かった気がする。


「破滅の力に頼らずに戦うのは厳しいのか?」


「……うん」


 ミーシャは少し俯いた。

 どうやらこの世界では、俺はミーシャのために鍛錬をする事になりそうだな。


「ミーシャ、一緒に鍛錬しよう!」


「え!? 私はサクヤみたいに強くなれないわよ!」


 ミーシャは俺の提案に驚いている。


「俺だって正直強いとは思っていない。だから、ミーシャを鍛えながら、俺も強くなりたいんだ」


「サクヤが強くなるのには、私なんかじゃ────」


「ミーシャが居ないと困るんだ!」


 ミーシャの戦い方には、俺の知らなかった無駄の少ない動きが見られた。

 おそらくその動きは生まれ持っての才能だろう。

 その動きに併せて、さらに神通力を制御して使えてしまえば、恐ろしい程にミーシャは強くなる。

 そのうえ、俺もその動きを習得できるかもしれないと思い、ミーシャに居ないと困ると言ったのだ。


「私が居ないと困る……?」


 ミーシャの頬はどんどん赤くなってゆく。


「ああ、俺にはミーシャが必要なのだ」


 お互いに強くなれる可能性を秘めているのだから、俺はミーシャと鍛錬する必要があると思っている。


「……アリアちゃんがいるでしょ!! サクヤ……何言ってるのよ!! 私じゃダメなんだから……」


 ミーシャはそう言って、今にも泣き出しそうな表情をしている。


 何故そこでアリアの名前が出てくるのだ?

 確かに俺は、アリアに鍛錬した事をミーシャに話した。

 ミーシャはきっと、アリアのように目に見えて強くなれるとは思っていないのだろう。


「ダメじゃないよ。ミーシャなら越えられるぞ」


 俺はミーシャを見つめながら話す。

 ミーシャが強くなれる可能性は非常に高い。

 底知れぬ戦闘能力に併せて、破滅の力が備わっているのだから。


「サクヤは優しいし口が上手いよ……。私……」


 ミーシャが囁くように小さく呟いた時に、強い風が吹いた。


「どうした? 風の音で途中から聞き逃してしまったのだが、俺が口が上手いからどうしたって?」


「何でもないわ! サクヤが越えられるっていうなら、私はそれを信じるからね!!」


 ミーシャはそう言って微笑んだ。

 その表情も心なしか、さっきよりも少し明るくなったように見えた。


「よく分からないが、笑顔になってくれて安心したぞ。ミーシャには笑顔が似合うからな」


「はいはい」


 俺の言葉はいつも通り軽くあしらわれてしまったが、それでも嬉しそうな表情をしているので良かったと思う。


「とりあえず、ボルドーに着いてから鍛錬の事も決めよう」


「そうね! それでいいわよ!」


 ミーシャも鍛錬に対してやる気を出してくれたみたいだな。

 それで強くなってくれるのならば、この先に困難な状況に陥ったとしても、彼女が希望の光になってくれる筈だ。


 あたりは少しずつ暗くなり始めた。


「このペースで歩けば、もうすぐ到着するだろうな」


「早く到着して、ゆっくり休みましょ!」


 アルル村を出発してからは、俺もミーシャもろくに寝ていないのだ。

 ミーシャだけでも、もっと休ませておくべきだったのかもしれないな。

 次から気を付けよう。



「サクヤ見て! 街の灯りよ!!」


 ミーシャが歩きながらその光源の方向を指差した。


 薄暮の中に薄らと浮かび上がる街灯の灯り。

 複数の建物からは光と話し声が外に漏れている。

 初めて王都に着いた時を思い出すような光景だった。


 どうやら、俺とミーシャは無事にボルドー到着したみたいだ。


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