第35話
俺とミーシャはアルル村を旅立ち、南に五〇〇キロ……とにかく歩き続けた。
「ミーシャ、俺達どのくらい歩いてるのかな?」
「そうね……たぶん二〇〇キロくらいじゃない?」
俺とミーシャは、他愛ない会話をしながら歩き、今日で三日目を迎える。
今日中には、アルル村からボルドーの港街までの、中間地点を越えられそうだ。
「セリュール山脈みたいに魔物が出てこないのが不思議だな……」
「確かに三日も歩いていて、遭遇しないのは変よね?」
ミーシャも、魔物に遭遇しない事に、違和感を感じているようだ。
魔力を温存するため、狭い範囲ではあるが、探索魔法を使いながら歩いている。
だが、この三日間……半径一キロ圏内に魔力が反応しないのだ。
「何だか嫌な予感がするな……」
「変な事言わないでよ!」
ミーシャはそう言っているが、俺は嫌な予感がしていた。
魔力を感じない何者かに、物凄い殺気を飛ばされながら、俺達は尾行されているのだ。
その影響があるのかもしれない……。
「そういえば、ミーシャは気が付いたか?」
「え……? 気が付いたかって、何に?」
「俺達が、何者かに殺気を飛ばされながら、アルル村から尾行されているって事」
俺は、ミーシャに対して呟くように、小さな声で問う。
ミーシャは首をフルフル横に振った。
どうやら、尾行に気付いていなかったようだ。
「アルル村からって……三日間ずっとって事よね!?」
「ああ、そうだな」
上手く気配を隠しているみたいなのだが、殺気だけを強烈に感じるのが、不気味な事このうえない。
「それなら、私達で正体を暴きましょうよ!」
ミーシャは俺にそう言って、手を握ってきた。
「うむ、そういう事か」
俺はそう言い、ミーシャの考えを理解した。
ミーシャは尾行者の背後に回り込んで正体を暴こうとしているのだろう……。
俺はミーシャにも万が一の時のために防御結界を展開して、尾行者の殺気を頼りに
景色が変わったかと思うと、既視感に見舞われる。
それもその筈。俺達は先程の位置から、歩いてきた道のりを2キロ程戻ったのだ。
「魔王に殺気を向けるとは、ここで滅して……ん?」
俺は尾行者を脅すつもりで、そう言おうとしたのが……すぐに止めた。
目の前に居るのは、うつ伏せの状態で俺の声に反応して、こちらを恐ろしい形相で睨む、見覚えのある大男が居たからだ。
「……パパ? ……こんな所で、何してるの……?」
ミーシャの父、ヒューゴが尾行者の正体だった。
「んが!? ミ、ミーシャ……それに腑抜けェ?」
尾行がバレてしまい、ヒューゴは驚きながら急いで起き上がった。
「何でパパがこんな所に居るのよ!?」
ミーシャも驚きを隠せず、勢いで質問した。
「そりゃあ、儂は可愛いミーシャが心配じゃけぇ、見守っとったんじゃい!!」
「……キモい。っていうか、どうやって尾行したの!?」
ミーシャはヒューゴにドン引きしている。
「どうやってって、そりゃあ
自信満々に堂々と腕組みをしてヒューゴは誇らしげに言った。
どうりで魔物が探索範囲に入ってこない訳だ。
「すまない、助かった」
俺はヒューゴにお礼を言った。
「あぁ? おんどれの為ちゃうぞォ? 腑抜けは腑抜けらしゅう魔物の餌にでもなっとけェ!!」
ミーシャを溺愛する父だからこそ、俺に対して言う事はとにかく無茶苦茶だ。
「パパ……サクヤに何て事言うの!!」
ミーシャはかなり怒った表情でヒューゴに近づく。
「こがぁな何処の馬の骨とも分からんような、腑抜けなエロガキと一緒じゃゆうて聞いとったけェ……儂は心配じゃったんよ……」
「パパ!!」
「うぅ……」
ミーシャの怒りに
「アンタ!! またミーシャを追いかけてたのかい!?」
岩場の影からミーシャの母、セシルが現れた。
「セ、セシル!? お前いつからそこに
ヒューゴはセシルの登場に驚きを隠せなかったようだ。
「ずっと居たよ。アンタがこの子達を尾行しているのを、ウチがさらに尾行していたからね」
「嘘じゃろ!? そもそも、何で儂がミーシャを尾行しょうるんが分かったんじゃい?」
この様子だと、ヒューゴはセシルに尾行されていた事に気付いていなかったのか……。
「そりゃ、アンタが恐ろしい殺気を放ちながら、サクヤ君を睨んで匍匐前進してるのを、酒場の窓から見かけて……ってあんなの誰でも気づくわ! それが面白すぎて、ウチはアルルの地酒を盛大に吹き出したんよ!!」
「セシル……すまんかったわ……」
ヒューゴは
それより三日間で距離にして二〇〇キロを、匍匐前進で進み続けるって……俺には真似出来ない、神がかった芸当だな。
「ゴメンね二人共。後の事はウチに任せて、気を付けて行っておいで! アンタにはウチが吹き出した分の地酒を飲ませてもらうからね!!」
そう言ってセシルはヒューゴの襟首を掴んで、2人でアルル村の方へ歩いて行った。
「あーびっくりした……」
「ミーシャは大変なんだな……」
ちょっとだけ可哀想に思えてしまった。
「ねぇ、サクヤ……」
ミーシャは俺の腕に抱きついてきた。
「えっと……どうしたんだ?」
「これからもこんな事があるかもしれないけど……私も一緒に旅してもいいのかな?」
ミーシャはアルル村に居た時から、父親の暴走で俺に迷惑をかけているっていう罪悪感があったのだろう。
「もちろんだ。断る理由が無いからな」
このままだとミーシャ自身も父親の呪縛から解き放たれない。
いつまでも鳥籠の中の鳥という状況なのも酷な話だ。
「ありがとうサクヤ……」
「俺の方こそありがとう。わざわざ旅について来てくれているんだから、俺もミーシャを自由にしてあげる手伝いくらい……してもいいだろう?」
「うん……」
ミーシャは声が詰まり、目に貯まった涙を零しながら頷いた。
泣きながらミーシャが抱きしめてきたので、俺は約束は果たすぞという意味を込めて抱きしめ返した。
そして、ミーシャが落ち着いた頃合いを見計らい、俺たちはボルドーへ出発した。
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